岡田監督(サッカーの方ね)について。

以下は5月26日のサンスポの記事からの引用です。

 えっ…冗談なの!? サッカー日本代表の岡田武史監督(53)は25日、0-2で敗れた24日の韓国戦(埼玉)後に日本協会・犬飼基昭会長(67)へ自
身の進退を尋ねた件について、「真剣に言ったわけではない」などと話し、冗談だったと弁明した。選手にも練習前の円陣で説明。南アW杯に向けて26日未明
に日本をたつ直前というのに、指揮官自ら混乱を巻き起こした。

・・・このオッチャンもちったぁタイミングを考えてモノを言えよ、とは思うのですが、各マスコミも少々叩きすぎな感があるように感じます。

この際このオッチャンをいくら叩いたところで大局的なメリットは皆無ですよ。メディアとして、とにかく叩いてりゃコトが済む、って話でもあるまい
に、と。

要するにマスコミ的には、とりあえず今はこのオッチャンを叩いとけば、少なくとも自らに火の粉がかかることもあるまい、このオッチャンを悪者にし
とけば文句も言われにくい、ってことなんでしょうが、とにかくこの際あまりに保身ばかり目に付くような記事は控えたらどうですかね。

この国(に限らないか)のマスコミには、とかく「英雄」と、一方的な攻撃対象としての「戦犯」を安易に設定しがちな傾向があるように思えます。

かの大戦時にも、死ぬまでラッパを離さなかった、なんて人物が英雄としてほぼ「捏造」されたりしたらしいですね。そこまで遡らなくても、例えば大
林某女史や故三浦某が上記の意味での「戦犯」として、また主に「亡くなった」若しくは「海外で評価された」人らが、場合によってはその功績以上に高評価さ
れ「英雄」化されてるような気がします。

で、今はこのオッチャンに、「戦犯」として論われる順番が来てる、と。要はそんだけの話なんですよね。オレ思うに。

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ラッシャー。

ラッシャー木村が亡くなってしまいました。

・・・国際プロレスの絶対的エースだったラッシャー木村。

その崩壊後「国際軍団」として新日本プロレスに「殴りこみ」・・・要は新日のブッカーにコマとして買われたわけですが・・・オレは当時、この「猪
木率いる新日=善」vs「国際軍団=悪」という図式にドップリ嵌った小学生でした。

今考えりゃ、この善悪はむしろ逆だよなぁ・・・と、今、動画サイトでもって猪木vs国際軍団3人のハンディキャップマッチを観つつ想う。

こんなに「国際軍団」側にとって悲しい試合は無いよな、と。

引退時、また三沢の逝去時などにも、その姿をついぞ現されることが無かったので、もしかして体調が芳しくないのかしらん、とは思ってたりしたので
すが・・・人の死というものは常に、必ず「突然」なものですな。

今年は確か鶴田が亡くなって十年。

で、来年の一月には馬場の十三回忌。

そして三沢ももういない。剛竜馬の死も去年だったか。

・・・月並みですが、本当に日に日に、リアルに「昭和」の灯が消えていくようです。

ご冥福をお祈り致します。

北野武映画について。

こと対「世間一般」において、いわゆる北野映画は「キッズ・リターン」くらいのところで既に終わってます。

ただ、その際「残念ながら」というような枕詞は似つかわしくありません。

北野武監督(以下「タケちゃん」)は、もう好きなように、作りたい映画を作りたいように作ってくれればいいんです。正にそれであるが故に「菊次郎
の夏」だとか「監督、ばんざい!」などは感動的でした。だからある意味結果論ではありますが、このことはこれっぽっちも「残念」ではない。

いわば他人のオナニーに付き合う快感、というところかもしれません。で、それを変態というならそうなのかもしれませんが、小説にしろ舞台演劇にし
ろ映画にしろ、要は他人のウソ話に付き合って泣いたり笑ったりしてるわけで、考えてみればこういうのは押しなべて変態の所業、己が変態的神経への刺激で快
感を得てるのに他ならない、と考える次第です。

作る方にしても、言いたいことをわざわざ別媒体でもって表現しようなんていう屈折した指向というか嗜好は、これはもはや紛う方無き変態です。

作る方も観る方も変態なのだから、この際オナニーくらいでどうのこうの言っても始まらないのでありますよ。

きっと今度の作品も、タケちゃんは自らの望むところに忠実に従って撮り、繋ぎ、し、その結果として恐らく国内興行成績は例によって惨憺たる有様
で、それ故タケちゃんは資金捻出・補填のためにまたアホみたいなTV番組にシコシコと出張る羽目になるんだろうと思う。

そうまでして「勝ち得た」オナニーであるので、この作品もきっと前出の「菊次郎・・・」や「監督・・・」若しくは「アキレス・・・」と同様同種の
感動をもたらしてくれることでしょう。

賭す事柄の重い・大きいオナニーは美しいんですよ。神聖なんです。・・・多分ですけど。

同時に、恐らく「HANA-BI」くらいから、意識してオナニーに邁進しているタケちゃんに、オレとしては大向こうから声を掛けてあげたいと思い
ます。

「ナイス!」っつってね。

内山6回TKOで初防衛

5月17日に行われたプロボクシング:WBA世界スーパーフェザー級タイトルマッチ12回戦は、王者の内山高志(30=ワタナベ)が、挑戦者の同級13位アンヘル・グラナドス(35=ベネズエラ)を6RKOで破って初防衛に成功しました。

下記はその観戦記ですが、暴言のみならず、かなりマニアックな内容になるかもです。すんません。

しかも曖昧な記憶に基づいて書くので、信憑性さえ怪しいというね。いやはや面目無い。

挑戦者グラナドスはS・フェザーとしては破格の長身(185cm)とリーチ(195cm)が特徴で、ファイタータイプの内山と相対するに当たって
それをフル活用していくのかと思ったのですが、ハッキリ言ってそういうレベルの試合ではありませんでした。そういう相性etc以前の問題。

グラナドス。勝手にマーク・ブリーランドみたいなタイプを想像していたのですが、単なる木偶の坊でした。

スピードも無く足も無くボディワークにも然したる冴えは観られず、ただ案山子のように突っ立って、ひたすら内山に打たれ続けるためだけに来日した
ようなものです。実際1~5Rは、内山の攻撃に耐え、逃げるだけの15分、という以外に表現のしようの無いものでした。

迎え撃つ内山の方は、これはもう破格な体躯の相手に大いに戸惑い、結果自ずからやや攻撃が単調になりました。やりづらさ満開。それでも結構当てま
くってたように見えましたが、なんのなんの、噛み合った時の試合振りから考えると「打ちあぐねた」と言って差し支えない試合展開でした。

フィニッシュとなった右フックも、内山の潜在能力からしたら決して「会心の一打」では無いでしょう。あのレベルの相手ならもっと序盤に畳み掛けら
れたはずです。

ハーンズvsバークレーみたいな試合になるのかな、と思ったんですが・・・悪い面でその通りになってしまった、という感じです。

あと、これはちょっと疑問だったのですが、あの体躯の相手に対し、右クロス狙い、ってのは作戦としてどうなんだろう。

右ボディでガードを下げさせておいて、空いたテンプル・チンetcに右、という狙いだったのかもしれませんが、だとするとちょっとボディ打ちが中
途半端に終わってしまった感があります。

・・・っていうか、そもそもその右ボディで倒せちゃうんじゃなかろうか、と。明らかにボディ弱そうでしたしね。

その体躯しか武器の無い挑戦者と、その唯一の武器である体躯によってのみ責めあぐねてしまった内山。

そういう意味で・・・結果はキレイなワンパンチKO勝ちでしたが、試合そのものは残念ながら凡戦でした。

内山の次戦はどうやら粟生戦になる由ですが、さてどうなるか。今日の試合からはなにもその参考に出来ません。

ただ、対粟生の方が内山としては噛みあうんじゃないか、とは思えます。噛みあう相手だから有利、ってことでは決して無いですが。

大学の同級生の話。

卒業してから既に20年経過してますのでもはや記憶も朧ですが、私は「日本大学芸術学部映画学科監督コース」ってとこを出てます。

キャンパスは西武線の江古田にありまして、毎日クソマジメにセッセと通ったものです。

・・・しかしまぁあの当時は、まさか自分がカメラ担いで現場出たり、編集・MAしたりするとは夢にも思わなんだ。監督コースってのはどちらかとい
うとそういう事柄を他者にさせる「部門」でしたんでね。

ここには我が監督コース以外に・・・ホントに記憶も曖昧なんですが、撮影・録音コース、演技コースなどがありました。

3年次と4年次には、彼等と組んで「3年実習」「卒業制作」ということで、大抵の場合16mmフィルムでもって、映画作品を1本「制作」します。
監督コースの人間が脚本書いてコンテも切って、撮影・録音コースが現場で撮影・録音し、演技コースのみなさまが「俳優」として出演するわけですが・・・私
はこの3年実習で猛烈にモメましてですね。

もう、特にキャスト、出演者全員が敵で、四面楚歌というか針の筵というか、まぁ自分で蒔いたタネってな部分もあるんですが、なにしろ、それはそれ
はヒドイ現場になったものです。

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