またオリンピックについて。

特にフィギュアみたいな採点競技においては・・・いや他全ての競技においても、とにかくメダルを期待したり、それに重圧を感じたりっていうのは、五輪においては全く持ってバカバカしい、ほぼ無意味な所業です。こないだも書いたように五輪の審判ってのはしたり顔してるだけのワケワカラン奴がやってんだから、そんなラカラの採点なんかなんの意味も無いのです。
過度な期待がダメだってんじゃないです。「期待」そのものが有る意味罪なんじゃないかと思うのです。
 
こないだ、ボクシング競技で韓国の辺丁一選手がオレでもわかるバカ丸出しの判定でもってメダルを逸し、その結果を不服としてジャッジをブン殴って乱闘になった話を書きましたが、クドいようですがこういう事案というのはボクシング競技に限ったことでは無く、要するに夏だろうが冬だろうが、ロス大会以降の五輪というのはもはや単なるイベントであって、純粋なスポーツ競技会では無いのです。盛り上がればなんでもアリなんです=より盛り上がるヤツがそれとなく勝つんです往々にして。
「純粋なスポーツ競技会」だったらあんな判定やらかしたジャッジは永久追放モンです。ただそもそもこの時のジャッジはボクシング畑の人じゃ無かった(!)わけなので、永久追放されても痛くもカユくも無いんですよね。これがオカシな話じゃなくてなんなんだ、というね。
(なお、これまたクドいようですが、だからって審判をブン殴って良いってことじゃないです念の為。)

逆に言うと五輪ってものが事程左様な国際的な一大イベントであるのは事実なので、それが純粋なスポーツ競技会で無い以上、やれ国策であるとか、実力者のフトコロであるとか、「純粋なスポーツ競技会」だった場合には余分なものである事柄がより重視されるのもこれまた必然で、そういう意味で選手らは、これはもう被害者、当人及び周辺の方々にしてみりゃいいメイワクだろうと思う次第です。意識してるかどうかはともかく。

またまた逆に言うと、「純粋なスポーツ競技会」であった場合には余分である事柄、上記で言うとフトコロ云々はともかく、一例として、まず国策としての有用性ってのは厳然とあるわけです。いろんな事情でもって、デカいイベントを一発ブチ上げたい国ってのはあるわけですね。近しい国でいうと、80年代のソウル、ミレニアム以降の北京にはそういう「需要」があったってわけですね。

じゃあ、2020年に、東京でその大イベントをやる必然性ってのはどうなのか、というね。
少なくとも具体的な根拠は見当たらないですね。どっちかっていうとやったほうがマシになる気がする、みたいな、極めて抽象的な根拠しかオレには見えない。
要するに2020年東京五輪ってのは、これはある意味バクチなんですね。やったほうがマシになる気がするけど、やんなきゃよかった、ってな結果になるかもしれない。ツボを開けてみないと丁半はわからんのです。
1964年の東京五輪にはかなり具体的なメリットやメソッドが想定されてたはずですが、今度のはよりギャンブル性が高いように思うんですね。

今さらなようですが、イベントだからダメだって言ってんじゃないですよ。デカいイベントってのは心躍るものです。心躍って悪いことはあんまり無いですよ。
だから、2020年は盛大にブチ上げて欲しいと思う次第です。やることになった以上オレとしては「成功」に張りたいと思う。
でも、だからって、たかがイベントごとで、選手やチームをゲヒンな持ち上げ方したりそうかと思えば落としたりなどして弄んじゃいけません。

オリンピック。

1988年 ソウル五輪のボクシング競技バンタム級の試合で、韓国の辺丁一選手陣営が判定に抗議してレフェリー殴りかかり、しまいにゃ大乱闘になった、なんてことがありました。
韓国アマチュアボクシング界、ひいては韓国スポーツ界最大の汚点、ってなことになってる由ですが、まぁ肩持つわけじゃないですがこの試合、誰がどう見たって辺丁一選手の圧勝でした。だからってブン殴って良いわけじゃないですが、ちょっぴりだけは同情の余地があるよな、と思った次第です。
 
なんでまたこんなことになってしまったかと言うと、この試合・・・に限らず、どうやら多くの五輪競技の審判は、必ずしもその競技に精通してる人がやってるとは限らないんですね。
この辺vsブルガリアのナントカって選手の試合においては、ジャッジはそれまでボクシング競技に携わったことのないメンツだったとか。確かそのうちの一人は、ボクシング競技自体をこの試合まで観たことが無い人だったような話も聞きました。そのスジから。
  
なにがいいたいかというと、五輪というのは、スポーツ競技会としては必ずしも「優秀」なものでは無いんだよな、と。
毎回意味不明な採点、判定が取り沙汰されますよね。
 
ちなみに上述した辺丁一選手は、プロ転向後WBCのバンタム級王者になり、その後日本で薬師寺保栄選手の挑戦を受け、破れてタイトルを明け渡します。
でもって薬師寺は辺から奪ったこのタイトルに挑戦してきた辰吉丈一郎を、この年の年間最高試合となるベストパフォーマンスでもって退けて防衛に成功し、という流れになります。