「練習の厳しさ」について。

高校時代の部活の話なのですが、こと「練習の厳しさ」ってことで言うと・・・例えば夏合宿、確かにこれはホントに朝から晩まで直射日光の中で走り回ってたわけで、相応にキツいものではありました。

しかし、当時よく言いあってたのは、硬式野球部の練習はこんなもんじゃないらしいよ、ということでした。甲子園を本気で狙えるレベルでしたのでむべなるかなではあります。練習内容のみならず、先輩後輩の上下関係もしかり。
そうか、じゃあオレらなんかまだマシなんだなぁ、ということで妙なコンセンサスが取れていたように思います。

で、後年になって、その硬式野球部だった方にお会いしたのですが(=先輩にあたります)、いわく

“いやぁ、PLとか池田なんかはこんなもんじゃ無いらしいよ”

とのこと。「甲子園を本気で狙えるレベル」と、「甲子園での優勝を本気で狙ってるレベル」で、単純に練習密度にはかなり差があるんだよ、と熱く語っておられました。
当時のPL、桑田・清原に、立浪なんかがいた時代ですね。池田高校には元巨人の水野とか。
・・・なにしろ、どんだけスゴい練習なんだろう、と思ったものです。

で、さらに後年、かつてのPLや池田高校に準じるレベルの高校野球部出身の方にお話しを伺う機会があったのですが、氏いわく、

“いやぁ、言っても高校の部活だからね。プロレスの道場なんかはこんなもんじゃ無いらしいよ”

とのこと。

さすがにプロの世界になるとハンパじゃないんだな、と思ったものです。
実際プロレスのトレーニングは非常にキツいものだそうで、ぶっちゃけ何人も死んでたりしますからね。

しかしながら、さらにさらに後年、某プロレス団体の取材をする機会が有りまして、選手の皆様にインタビューなどしたのですが、選手の皆さん口をそろえて“新人時代はキツかった・・・”と仰る中、ある陸上自衛隊出身の選手いわく、

“いやぁ、言ってもスポーツですからね。自衛隊のときの訓練に比べたらさほどでも無いですよ実際”

とのこと。

なにがいいたいかというと、自衛隊最強。

五輪について。

特にフィギュアみたいな採点競技においては・・・いや他全ての競技においても、とにかくメダルを期待したり、それに重圧を感じたりっていうのは、五輪にお
いては全く持ってバカバカしい、ほぼ無意味な所業です。五輪の審判なんかしたり顔してるだけのワケワカランやつがやってんだから、
そんなやつの採点なんかなんの意味も無いのです。過度な期待がダメだってんじゃないです。「期待」そのものが有る意味罪なんじゃないかと思うのです。

昔ボクシング競技で韓国の辺丁一選手がオレでもわかるバカ丸出しの判定でもってメダルを逸し、その結果を不服としてジャッジをブン殴って乱闘に
なったことがありました。、クドいようですがこういう事案というのはボクシング競技に限ったことでは無く、要するに夏だろうが冬だろうが、ロス大会以降の五
輪というのはもはや単なるイベントであって、純粋なスポーツ競技会では無いのです。盛り上がればなんでもアリなんです=より盛り上がるヤツがそれとなく勝
つんです往々にして。
「純粋なスポーツ競技会」だったらあんな判定やらかしたジャッジは永久追放モンです。ただそもそもこの時のジャッジはボクシング畑の人じゃ無かった(!)わけなので、永久追放されても痛くもカユくも無いんですよね。これがオカシな話じゃなくてなんなんだ、というね。
(なお、これまたクドいようですが、だからって審判をブン殴って良いってことじゃないです念の為。)

逆に言うと事程左様な国際的な一大イベントであるのは事実なので、それが純粋なスポーツ競技会で無い以上、やれ国策であるとか、実力者のフトコロであると
か、「純粋なスポーツ競技会」だった場合には余分なものである事柄がより重視されるのもこれまた必然で、そういう意味で浅田さんとか高梨さんなんかは、こ
れはもう被害者、当人及び周辺の方々にしてみりゃいいメイワクだろうと思う次第です。意識してるかどうかはともかく。

またまた逆に言うと、「純粋なスポーツ競技会」であった場合には余分である事柄、上記で言うとフトコロ云々はともかく、一例として、まず国策としての有用
性ってのは厳然とあるわけです。いろんな事情でもって、デカいイベントを一発ブチ上げたい国ってのはあるわけですね。近しい国でいうと、80年代のソウ
ル、ミレニアム以降の北京にはそういう「需要」があったってわけですね。

じゃあ、2020年に、東京でその大イベントをやる必然性ってのはどうなのか、ね。
少なくとも具体的な根拠は見当たらないですね。どっちかっていうとやったほうがマシになる気がする、みたいな、極めて抽象的な根拠しかオレには見えない。
要するに2020年東京五輪ってのは、これはある意味バクチなんですね。やったほうがマシになる気がするけど、やんなきゃよかった、ってな結果になるかもしれない。ツボを開けてみないと丁半はわからんのです。
1964年の東京五輪にはかなり具体的なメリットやメソッドが想定されてたはずですが、今度のはよりギャンブル性が高いように思うんですね。

今さらなようですが、イベントだからダメだって言ってんじゃないですよ。デカいイベントってのは心躍るものです。心躍って悪いことはあんまり無いですよ。
だから、2020年は盛大にブチ上げて欲しいと思う次第です。やることになった以上オレとしては「成功」に張りたいと思う。
でも、だからって、たかがイベントごとで、選手やチームをゲヒンな持ち上げ方したりそうかと思えば落としたりなどして弄んじゃいけません。

アニマル浜口について。

昔々の昭和の御世、我が国には全日本プロレス、新日本プロレス、そして国際プロレスという3つのプロレス団体がございまして、この3団体が文字通り三つ巴でもって国内プロレス市場を独占しておりました。
昨今はいわゆる「インディーズ」団体が雨後のタケノコのように生まれては消えしておりますが、当時はこの3団体が日本のプロレス団体の全てと言って良い状況でありました。・・・あ、男子の、ね。

ただ・・・「三つ巴」と書きましたが、いずれも「国民的英雄」力道山の愛弟子であったジャイアント馬場、アントニオ猪木の率いる全日本、新日本と比して、そういった系譜からすると直系筋ではなかった国際プロレスは、まぁなんというか、いかんせん地味というか、とにかく前記2団体の後塵を拝する立ち位置を余儀なくされておりました。

国際プロレスのエースは「金網の鬼」ことラッシャー木村。
そしてマイティ井上、アニマル浜口がいわば中堅として脇を固め、ルチャ的空中殺法の使い手であるマッハ隼人に、テクニシャン寺西勇と、コマはそれなりに揃ってたんですけどね。
でもって外人選手もなにげにイイ感じのが挙って来てたんですが、いかんせん力道山直系の2団体との人気差はいかんともしがたいものがありました。

でまぁ経緯・詳細は割愛しますが、あれはオレが中学二年生の頃、この国際プロレスがつぶれちゃうわけです。

団体の倒産によって宙ぶらりんになっちゃった旧国際プロの選手ら。
・・・これまた詳しくは省きますが、この選手らに目を付けたのが、辣腕で知られた新日本のプロモーター(でいいのかな)・新間某氏です。
またまた経緯は省略しちゃいますが、氏はいわば会社都合でもって無職化の危機にあった旧国際プロのラッシャー木村・アニマル浜口・寺西勇を、団体のスターでありいわば「正義のヒーロー」的役回りであったアントニオ猪木に対する「悪玉」として起用し、新日本のリングに上げたわけです。

このあたりの事情は当時からのプオタであれば誰もが熟知しているのですが、だからといってあんまし割愛してばかりなのもアレなので、、ここはwikipediaから引用しておきます。

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1981年10月8日、蔵前国技館にて、「新日本プロレス対国際プロレス」の”全面対抗戦”が行われた。その直前に国際は倒産して興行機能を失っており、そこで新日本との対抗戦を模索したものだが、この大会のポスターにも名を連ねていたマイティ井上・鶴見五郎など多くの選手が反発し、全日本プロレスへ移籍するなどしたため、残党としてラッシャー木村・アニマル浜口・寺西勇の3人が新日本へ乗り込んだ。

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・・・ここに至って、ラッシャー木村・アニマル浜口・寺西勇の3選手は、「はぐれ国際軍団」として、猪木の敵役というアイデンティティを得たわけです。

で、この役回りを「より良く」遂行するために、上記引用しました1981年10月8日・蔵前国技館興業に先駆けて、その前フリ・事前煽りの機会が彼らに与えられました。
これについても、またまた引用。

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これ(=1981年10月8日・蔵前国技館興業)に先駆けた1981年9月23日、木村と浜口は新日本の田園コロシアムでの興行に姿を現し、決意表明。この際に、マイクを向けられた木村は「こんばんは…」と第一声を発してファンからの苦笑を誘った一方、浜口は「俺たちが勝つんだ! 10月8日を見てろ!」とアジテートし、うって変わってファンからのヒートを買った。

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そうです。これがかの有名な「ラッシャー木村マイク事件」。

・・・ただね、オレは、この木村マイクよりも、、

> 浜口は「俺たちが勝つんだ! 10月8日を見てろ!」とアジテートし、うって変わってファンからのヒートを買った。

ここね。ここが非常に印象的でした。

この場面は、恐らくyoutubeなどにもUPされてると思うので、未見の方は是非みて頂きたい。
木村の誠実・実直な人柄とともに、アニマル浜口というレスラーの、卓越した空気読み能力、誤解を恐れず言うならば「プロレス芸」。
あの時、アニマルが木村からマイクを受け取って「アジテート」してなかったら、その後の彼らは間違いなく存在していなかったはずです。
愚かなるガキであったオレは当時全く気付きませんでしたが、オトナになってようやく、この浜口の至芸に感嘆するに至った次第であります。

この後、猪木vs.「はぐれ国際軍団」3名の1対3ハンディキャップマッチなどという、今考えたらかつてメジャー団体のエースだった面々としては屈辱以外の何物でもなかったであろうマッチメイクが組まれたりしたのですが、ラッシャーも新間氏も既に彼岸にある今となってはどうでもよいことです。
(ちなみに木村はその後全日本プロレス~プロレスリング・ノアで、前座に無くてはならない存在として永く愛されるに至りました。)
 
 
 
さてさて、この度の五輪です。

アニマルの愛嬢である京子ちゃん、残念ながら一回戦負けと相成ってしまいましたが、やはりその傍には、あのアニマルが、寄り添っております。

思えば、常にアニマルが前面に出、時に道化を演じたりすることで、どれだけ無粋なマスコミ取材から京子ちゃんが守られたことか。

ワケのわからんバラエティ番組に引っ張り出された際も、アニマルの「卓越した空気読み能力」によるパフォーマンスで、どれだけ京子ちゃんの負担が減ったことか。

アニマルの例の「気合いだ!」etcが注目されることで、結果としてどれだけ京子ちゃんの練習時間が守られ、精神面での負荷が軽減されたか。

考えたら、賛否両論あれど、国際プロレス残党をすんでのところで救ったのも、アニマルの「卓越した空気読み能力」でした。

アニマル浜口、アンタはすごい人だよ・・・と、オレは思っています。

岡田監督(サッカーの方ね)について。

以下は5月26日のサンスポの記事からの引用です。

 えっ…冗談なの!? サッカー日本代表の岡田武史監督(53)は25日、0-2で敗れた24日の韓国戦(埼玉)後に日本協会・犬飼基昭会長(67)へ自
身の進退を尋ねた件について、「真剣に言ったわけではない」などと話し、冗談だったと弁明した。選手にも練習前の円陣で説明。南アW杯に向けて26日未明
に日本をたつ直前というのに、指揮官自ら混乱を巻き起こした。

・・・このオッチャンもちったぁタイミングを考えてモノを言えよ、とは思うのですが、各マスコミも少々叩きすぎな感があるように感じます。

この際このオッチャンをいくら叩いたところで大局的なメリットは皆無ですよ。メディアとして、とにかく叩いてりゃコトが済む、って話でもあるまい
に、と。

要するにマスコミ的には、とりあえず今はこのオッチャンを叩いとけば、少なくとも自らに火の粉がかかることもあるまい、このオッチャンを悪者にし
とけば文句も言われにくい、ってことなんでしょうが、とにかくこの際あまりに保身ばかり目に付くような記事は控えたらどうですかね。

この国(に限らないか)のマスコミには、とかく「英雄」と、一方的な攻撃対象としての「戦犯」を安易に設定しがちな傾向があるように思えます。

かの大戦時にも、死ぬまでラッパを離さなかった、なんて人物が英雄としてほぼ「捏造」されたりしたらしいですね。そこまで遡らなくても、例えば大
林某女史や故三浦某が上記の意味での「戦犯」として、また主に「亡くなった」若しくは「海外で評価された」人らが、場合によってはその功績以上に高評価さ
れ「英雄」化されてるような気がします。

で、今はこのオッチャンに、「戦犯」として論われる順番が来てる、と。要はそんだけの話なんですよね。オレ思うに。

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なんか知らん間に「ちょっといい話」みたいになってますが、

朝青龍の件です。
・・・なんか知らん間に「ちょっといい話」みたいになってますが、「プロの格闘競技者」が、「素人」を、「(一部報道に拠ると)鼻の骨が折れるほどにブン殴り」、しかも「この手のトラブルが初めてじゃない」どころか「一度や二度じゃない」、ってんだから、そりゃ「引退」でしょうよ。もっと早い段階で「解雇」になってても不思議じゃありません。被害者の素性について色々あるみたいですが、それ以前の話として。
ついでながら、今回これだけやって逮捕されないってのも妙な話だなぁ、とオレ的には思います。これがボクサーだったらイチもニも無く逮捕拘留でしょうよ。なんか、悲劇の主人公みたいな扱いになってるのは、どうも、なんちゅうか、萎えるというか、ね。

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貴乃花よ・・・。

年齢は私の方がゼンゼン上ですが、貴乃花は尊敬するスポーツ選手の一人なので、今回のわけわからん「騒動」はとりあえず残念です。
晩節を汚す、とは正にこのこと也、か。我が事務所件住居には地上波放送を受信できるテレビは無いので、具体的に彼が何を言ってるのか、またどんなヘアスタイルなのかなどは、専ら各種サイトから知るしか無い状態なのですが、なんだかあちこちの番組に出まくって、あれこれ喋るまくってるとか。
現役時代、あれほど寡黙だった名横綱、変われば変わるもんです。
ただ、彼にいわゆる一般常識だとか、「普通」さを求めるのは、これはこれで少々酷なような気もします。
大相撲の世界で横綱にまで上り詰めるということは決して「普通」のことではないのでありまして、で、彼はその「普通じゃ無いこと」を目指し、それを実現した、という、極めて「普通じゃ無い」人だから、です。
つまり、良い意味において彼はトンでもなく異常な人なので、ワレワレのような何のヘンテツも無いフツー人間の世界のモノサシにあてはめてはいけない、と。

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