広島原爆の日。

また以下、毎日JP、毎日新聞2011年8月6日大阪夕刊からの一部引用です。

広島原爆の日:今問い直す「核」 首相「原発安全神話を反省」


 広島は6日、米国による原爆投下から66回目の原爆の日を迎えた。東日本大震災と福島第1原発事故を受け、松井一実・広島市長(58)は平和宣言
で「今なお続いている放射線の脅威は、原発に対する国民の信頼を根底から崩した」と指摘、早急にエネルギー政策を見直し、具体策を講じるよう日本政府に求
めた。菅直人首相は平和記念式典のあいさつで「原発に依存しない社会を目指す」との考えを改めて示した。平和記念式典で広島市長と首相が、核兵器廃絶だけ
でなく原発に言及するのは異例で、核と人類のあり方を問う「8・6」となった。

中略 

 菅首相はあいさつで東京電力福島第1原発事故に触れ、「これまでの『安全神話』を深く反省し、原因の徹底検証と安全性確保の抜本対策を講じ、原発
への依存度を引き下げ、原発に依存しない社会を目指す」と表明。「今回の事故を人類にとっての新たな教訓と受け止め、世界や将来の世代に伝えることが責務
だ」と強調した。


 昨年参列した潘基文(バンキムン)国連事務総長からは「核兵器のない世界を追求することを改めて決意する」とのメッセージが寄せられた。


 式典では、松井市長と遺族代表2人が、この1年に亡くなった被爆者ら5785人を登載した原爆死没者名簿を、原爆慰霊碑下の奉安箱に収めた。名簿
は3冊増えて100冊となり、名簿登載者は計27万5230人になった。原爆投下時刻の午前8時15分には、参列者は1分間の黙とうをささげた。


 「こども代表」として小学6年の福原真拓(まさひろ)君(11)と藤田菜乃歌(なのか)さん(11)が「夢と希望があふれる未来をつくるために、行動していく」とする「平和への誓い」を読み上げた。

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本質のところで「米国による原爆投下」と「福島第1原発事故」とは別物です。そう捉えなければいけない。じゃないと双方の被害者に礼を失することになるんじゃなかろうか、と思うわけです。

前者は「戦争被害」で、後者はあくまでも「不幸な事故による被害」。この2者は必ずしも同じ土俵で語れるものでは無い、と。

「不幸な事故による被害」と書きましたが、それはイコール「仕方の無いこと」では無いですよ念の為。両者とも事前に人知で抑える事ができたはず
で、それが結果論的にみるとどちらも非常にチンケな「思惑」でもって叶わなくなってしまった、そういう意味ではいずれのケースも「あってはならないこと」
です。それに違いはありません。

ただ、

・圧倒的優勢にある戦局下、ダメ押し+今後を見据えた「実験」として放たれた「バクダン」の「バクハツ」

と、

・「究極の平和利用」(という名目)として作られた「発電所」の「バクハツ」

とを、同じベクトルと見るのには違和感があります。震災慰霊堂で戦没者も一緒に祀ろう、ってのと同質の違和感があります。それはそれ、これはこれ、ではないか、と。

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このたびのこと。その2、リアクションについて。

以下、毎日JP(毎日新聞2011年8月5日東京夕刊)からの記事引用です。

東海テレビ放送(本社・名古屋市)は、岩手県産米を中傷するような不適切なテロップを4日流した情報番組「ぴーかんテレビ」の5日午前の放送を休止
した。番組開始時刻だった午前9時55分、アナウンサーが「ふざけ心ですまされない大変不謹慎な表現に大きな問題があった」などと岩手県や福島県の関係者
らに改めて謝罪した。東海テレビは4日夜、浅野碩也社長を本部長とする対策本部を設置、テロップが流れた原因究明などを行う。

 約2分30秒の謝罪放送では、「担当者がふざけ心で作製した仮のテロップを、操作ミスで放送した」とし、ディレクターらの管理体制に甘さ
があったとした。また「風評被害を食い止めるべく、細心の注意を払わなければならない私たちが、あたかも岩手県産ひとめぼれが安全ではないような誤解を招
きかねない放送をしたことを深く反省しています」と関係者にわびた。


 同社は4日の番組で、岩手県産米「ひとめぼれ」のプレゼント当選者を「汚染されたお米 セシウムさん」などと表記したテロップを流した。

震災直後にも、スタジオでのOFFの音声・・・”また原発ネタ?””もう笑えてくる~”なんてのがOAに乗っちゃったりしたことがありましたね。

今回の件も、岩手県のサイト(http://www.pref.iwate.jp/view.rbz?cd=33867)によると、当該のテロップが「23秒間放送された」とあります。一瞬映り込んじゃった、では無いんですね。23秒ってのは、結構な長時間ですよこれは。

その23秒間のあいだ、誰も”ヤバい!消せ!”とならなかったんでしょうか。ならなかったんでしょうね。

つまり、一事が万事、彼等のマインドはこういうところにある、というわけです。それに他ならない。

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