安藤

阿川弘之の訃報に接して。

いつだかも書いたようにいわゆる「第三の新人」の方々は中~大学時代の私のいわばアイドルで、著者名にそこに属する方の名があれば無条件で買い漁り読み漁りしたものです。今でも我が本棚には「志賀直哉」から「きかんしゃ やえもん」に至るまで揃っております。

氏の著作には妙なところで影響を受けておりまして、「井上成美」の終章、一人暮らしの井上の部屋が加齢臭に満ちていた云々のくだりを読んで、オレはそうならないように今からちゃんとフロに入ろうと決心したり、私流ステーキの焼き方が「鮎の宿」にあるほんの2行ほどの「私的ビフテキレシピ」のくだりそのままだったり。
前者からはホントに老齢の侘しさが滲んでおりましたし、後者のステーキはホントに美味そうだったんですね。ああ、そういうところが「ブンガク」なのかもなぁ、と感心したりしたものです。

氏を「第三の新人」に入れることには是非もある由ですが、なにしろそのメンバーでご存命なのは三浦朱門ご夫妻だけになってしまいました(多分)。27年も経てばそりゃ昭和も遠くなるに決まってますが、いやぁホントに遠くなっちゃったなぁ、と改めて実感する次第です。

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「街は生き物」という話。

この1か月で8本の映像編集と1編のPPT制作を行い、完成後は1週間ほど事実上泊まり込みでもって広義の生中継での撮影を担当しておりました。ということでほぼ1か月ぶりのFBログインですが、なにも変わって無くてこれはこれでビックリです。
でもって、下記はそんなFBと違って、エラく「変わった」お話しになります。
 
木更津の駅前某所での泊まり込みだったのですが、まず木更津駅周辺の寂れっぷりに大げさでなく驚愕しました。一応JRの基幹駅なはずの木更津駅ですが、
リッパな駅ビルがあるもののテナントは10%くらいしか入ってないし、駅前アーケード通りには殆ど開いてる店が有りません。いやホントにどこも開いてな
い。灯りのついてるのが銀行の無人出張所が1軒と、サラ金の無人コーナー1軒だけだった気がします。要するに絵にかいたようなゴーストタウンでしたマジ
で。
15年くらい前にもこの地での撮影案件がありまして、あの時も”なんかサビシげな町だなぁ”と思いましたが、このあたり、もはや歯止めのきかない衰退の流れ、なのでしょう。
 
ただ、駅前はそんな感じですが、木更津全体としては隣接する君津なんかと比すればまだマシな由。確かにこの地にはうすらデカいナンヤラアウトレットパーク
だかモールが出来て、そこは大いに賑わっておる由。また街道沿いには大型店舗が続々集結し、まぁそこそこ盛り上がってるとのことです。
当地のクライアント様に聞いた話なので、まぁそうなんでしょう。
要するに、街の「中心地」が移った、ということなんですね。
潰れっぱなしなわけじゃなく「移った」んであるなら無問題か、というとそんなことは無く、駅周辺に賑わいが無いってことは他地域との人口交流が乏しいってことに他なら無いわけで、やっぱしあまりよろしくない感じが有ります。
 
中心地の移動ってことですぐ思いつくのは、沖縄は北部の、名護、ですね。
オレが初めて訪沖した94年頃の観光ガイドブックには、名護=ピンプンガジュマルの木から連なる随一の賑やかな商店街が魅力的!なんてな記述があります
が、もはやこの辺りもかなりゴーストタウン化しておりまして、昨年夏に訪沖した折には、なにしろ人通りがまるっきり無かった。サンエー・名護十字路店に入
ればそこそこ人影があるのですが、まぁジィサンバァサンばかりで、94年ごろにひしめいていた層はどこ行っちゃったんだろう、と。
 

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「とにかくAKB出さないと刺さらない」話。

しばらく前に某ちょー大手広告代理店の方と焼肉食ってたときにAKBの話題が出まして、氏いわく、
「(イベントなどには)とにかくAKB出さないと刺さらないんだよねぇ」
としきりに仰ってたものです。AKB出せばとりあえず刺さる、という言い方もされてました。
へぇ、そういうもんなのか、しかし「刺さる」って言い方がいかにも代理店だなぁ、などと思いつつカルビやらレバ刺やら食ってたものです。
 
最後の一文でわかる通り(←まだレバ刺が普通に食えてた時期なわけです)これはもう3、4年前の話なのですが、相変わらずAKBの関係モロモロは「刺さ
る」ネタな由で、今日は「総選挙」なるものが行われ、その結果を天下の朝日やら読売やらが写真+動画も交えて大々的に報じておりますな。TVでも「完全生
中継」したりしてたそうで。
 
10歳代そこそこで、ちょー大手代理店etcから「刺さる」ネタとされる気持ちはどんなもんなんですかね。
アイドルと呼ばれる少年少女には、猫背の方が多いそうですよ。ナントカって心理学者がどっかに書いてましたが、これは恐らく心因的なもので、分不相応なプレッシャーを与えられ続けると自然にそういう姿勢になっちゃいがちなんだそうです。
 
文字通り寝るヒマもメシ食うヒマも無くコキ使われまくったピンクレディーのお二人、人気絶頂期には”こんな状態がいつまでも続くわけない”とお互い言い聞かせてガンバったんだそうです。
「でなきゃホントに死んじゃってたかも(笑)」
とこないだラジオで仰ってました。
 
AKBの皆さんもそんな感じなんですかね。

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「将棋電王戦」雑感。

精鋭プロ棋士と「コンピューター将棋ソフト」が対戦する「将棋電王戦」。昨日「第4回電王戦」の第4局が行われましてプロ棋士・村山慈明七段が敗北、都合2勝2敗で第5局=最終局で雌雄が決せられる、というドラマチックな展開と相成りました。
第5局で阿久津主税八段が勝てば3勝2敗でプロ棋士側の勝ち越し、負ければCOM側の勝ち越し、となります。
 
以下はこの「電王戦」に関する雑感です。
 
数年前からあちこちで書いてるのですが、「人間」と「COM」が対局するに当たり、そもそも「人間」vs.「人間」の際のルールが適応されるというということに意味があるのだろうか、という疑問があります。非公式戦ですので特段に意味がなければならない理由も無いのですが。
コンピューターはあくまでもコンピューターであって、人間では無い。記憶や解析のシステム、引いては流れる時間そのものが人間のそれとは異質別質なものです。そういうものとの対局において、勝った負けたで一喜一憂することにどれほどの意味があるのか、と思うわけです。もうそういう段階でも無かろう、と。
 
っていうかですね、そもそも対人ルールで「コンピューター」と対戦して、人間が勝てるわけねーだろ!というのが私的な意見です。
そうでなきゃおかしい。またそうでなかったら、現状のコンピューター技術は少なくとも「将棋」の世界においてはまだまだ使い物にならないレベルだということになってしまう、と思うのです。
人力では取り扱えないほど重いものを運びたいからダンプだユンボだフォークリフトだ、と発明され、いちいち暗算やソロバン使ってる場合じゃないからってことで電卓が生まれ、我が業界に関することで言えば、コマごとにカッターで切ってスプライシングテープでつないで貼ったりしてたんじゃ速報性etcに対応できないからノンリニア編集システムが出来たりしてるわけで、それらには前提として「人間がやるより優秀である」必要がある(あった)わけです。人間がやるより効率的、高クオリティであることを求めて、人は「ツール」を使うわけですから。
 
「コンピューター将棋ソフト」も然りで、対人ルールだったら当たり前のようにCOMの方にに勝ってもらわなきゃいけません。
でなきゃ意味が無い。存在する意義がありません。
 
そういう意味で、第2回電王戦の第5局、将棋ソフト「GPS将棋」を東京大学にある600台超のPCを連結させた状態で稼働させ、当時A級バリバリだった三浦八段(当時)と対局させたあの1局、これが「コンピューター将棋ソフト」が人間にとって使い物になるレベルのツールであるかどうかの貴重且つ有意義な試金石だったわけですね。
果して「GPS将棋」は三浦先生に勝利し、ここに「コンピューター将棋ソフト」は人間にとって有益なツールである、ということの証明としての貴重な一歩が記されたわけです。
「対人ルールで「コンピューター」と対戦して、人間が勝てるわけねーだろ!」という、極めて当たり前な図式が公に成り立った瞬間であった、と。
同時にこのことは、人間vs.COMにおいて、「勝った負けたで一喜一憂する」ことが無意味になった瞬間でもあった、と思う次第です。
 
さらに同時に、「コンピューター将棋ソフト」、引いてはゲームプログラミング、また「人工知能」といった関連付け可能な分野において、このことは貴重な「スタートライン」だったのかもしれません。
もはや「勝った負けたで一喜一憂」してる場合ではありません。「人間」vs.「人間」の際のルールが適応される状況下で人間が負けるのは当たり前。そうでなきゃ困るのです。
あの1局を境に、私たちはそういうところから脱却し、次の人間とCOMとの共存共栄の為の一歩を踏み出すべき段階に入った、と言えるかと思います。
 
さて、この「将棋電王戦」には、恐らく多くは興業的な都合によって「人類vs.コンピューター」という極めて単純明快な対立構図が設定されています。
「vs.」という分かりやすい構図が無いと、なかなか広い層への訴求は難しいですからね。これは仕方の無い(!)ところでしょうか。
 
対人ルールを適用するとコンピューター将棋ソフトがほぼ勝つ、というのは、前述のGPS将棋で明示された事柄なわけですが、やはり前述の通りここをスタートラインとすると、必要なことは「継続」ということになるかと思います。
 
継続させるにはぶっちゃけた話「カネ」が要るわけで、「カネ」をかけなきゃ双方の発展も難しい・・・・・・ということで、単純な対立構図を保持したまま「コンピューター将棋ソフト」と人間の双方に有益な形で「継続」させるというのは非常に難しいことだと思うのですが、その辺り、この電王戦関連は非常にスピンオフ企画が面白いです。
既存の対人ルールから離れ、では持ち時間を図抜けて超時間にしてみたらどうなんだろうか、とか、人間と「コンピューター将棋ソフト」、純粋な棋力ではどのような優劣、差異が出るんだろうか、と、面白い&非常に有意義に思える企画が多く実現しています。
 
逆に言うと、既存の対人ルールでの単純な「人間vs.コンピューター将棋ソフト」という図式には、もはやポジティブな意味は無いと思えます。
そういう意味で・・・・・・開催中の第5回電王戦は「final」と銘打たれておりますが、賢明だな、と思う次第です。

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杜甫と芭蕉とキーンと小津。

ちょっとマニアックというかメンドくさい事柄になるかもしれませんが、杜甫の「春望」中の
 
「国敗れて山河在り、城春にして草木深し」
 
という一節、これを芭蕉は「おくのほそ道」の中で、
 
「国敗れて山河在り、城春にして草青みたり」
 
と書いてんですよね。
 
「草木深し」と「草青みたり」じゃ意味がエラい違いなわけですが、この件について我が母校(確か高校)の先生は、要するに芭蕉がなにかの理由で「間違った」のだ、と言ってた。
 
当時は、へぇそうですか、って感じで思考停止状態で受け入れてたのですが、良く考えたら間違えるはずが無いので、オレ思うに芭蕉が意図的に改編したんだと思う次第です。
でも、じゃあなんでわざわざ改編したんだか、オレには皆目わからずにいます。
 
そもそも「おくのほそ道」ってのは、どうやらオレなぞが簡単に触れちゃいけない深淵なるものでありまして、例えばドナルド・キーンはこれを翻訳する際、いきなりタイトルからつまづくんですね。
即ちまずこの「おく」をどうしたらいいかわからない、と。
 
で、キーンは結局「The Road To OKU」としました。ここでの「おく」は「OKU」としか表せない、というわけです。本人がそう言ってんだからそうなんでしょう。
 
以上、今kindleでキーン氏の自伝を読んでるのと、弊社の至近に芭蕉庵があるのと、上記の「草青みたり」のくだりは平泉訪問の際に書かれてるわけですがこの平泉には以前仕事で何度となく行ったことがある、という、複合的な理由で突然諸々思い出した次第です。
 
ちなみに「芭蕉庵」とは要するに芭蕉の家のことなのですが、ザックリ江東区のこの辺りにあったらしい、ってことだけはわかってたものの、ながいこと具体的な位置が判明せずにいたのですね。
門人の書いたものによると、芭蕉はカエルが好きで、庵には石のカエルの置物だかが有った由。でもって戦後になって江東区某所を開発すべく掘り返したところ、年代物の石のカエルの置物が出てきた、という。
その発掘場所、現在は「芭蕉稲荷」として祀られてます。近くには芭蕉記念館なるハコモノもあります。さらにそこから徒歩数分のところに、かつて広重が描いた万年橋もあります。普通にみんな通ってる現役の橋です。
 
全く関係無いですが、そこの近所には、小津安二郎生家跡もあります。
正確に言うとその旨の書かれたカンバンが立ってるだけで、正確な位置は不明な由。
カンバンにも、ザックリこのあたりに有ったらしいよ、としか書かれてません。
 
芭蕉の家の正確な場所がわかって、なんで小津の家がわかんねえんだよ、とオレは少々憤っている次第です。

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浜の真砂が尽きても世間話のネタはつきない。-その2

先日、今日は一日中世間話して終わった感じ、なんていう書き込みをしましたが、今日も今日でやってしまいました。先日の書き込み時は複数の方々との邂逅で、いわば「世間話ツアー」だったわけですが、今日はおひとり。弊社車両や機材の保険関係のことで来社した保険屋のおばちゃんというかおねえさんと3時間ほど長話してしまいました。
 
なんでこのクソ忙しいさなかに長話したかというと、今回はちょっとした理由がありまして、このおねぇさんだかおばちゃんだかは、どういう理由か知りませんがいわゆるシングルマザーで、今年小学校入学の息子さんがおられるんですね。
即ちこの夏が初めての「夏休み」だったわけですが、子どもが休みだと母親はタイヘンだねぇ、ラジオ体操で早起きしなきゃなんないしねぇ、などと話しましたら、ラジオ体操には一回も参加してないってんですね。
なんで参加させねぇんだ、そんなに早起きがイヤなんか、地域交流の場に子どもを参加させるのは有意義なことだとオレは思うぞ、ひょっとしてオマエはコンビニで店員に土下座させちゃうタイプか、ってなことをもっと柔らかい言葉で話したのですが、真相はそういうところには無く、母子寮に住んでると、早朝のラジオ体操には参加不可能だってんですね。
 
どういうことかというと、その界隈の母子寮はPM10:00からAM7:00までは寮から外出禁止で、ラジオ体操はAM6:30からなので必然的に参加できない、実際母子寮の子は誰も参加してない、との由。
夏休み期間だけAM6:30っから外出可能、とかそういう感じのフレキシブルな対応は出来ないものなんだろうか、と思ったのですが、要するにこういう理由では、恐らくは地方公務員であろう寮母さんの労働条件を変えられない、ってことなんですね。
 
かくして、この息子さん(6つ)は、母子寮住まいであるという、ただその一点だけのために、ラジオ体操に参加して、あとハンコいくつでノートをゲットだ、とか、終わったらそのまま遊びに行こうぜ!とか、そういう邂逅の機会が失われてしまってるわけですね。
不憫な話です。
そもそも、なぜ「母子寮」に「門限」があるのかもオレにはよく分からないのですが、どういう理由にせよ、母子寮の住民には、ラジオ体操に参加する権利は与えられて無い、と。
大げさなようですが、まぁ間違って無い。
 
ついでにいうと、この母子寮のあたりはゴミの収集がAM6:30くらいに来るんだそうで、ゴミ出しに非常に困ってる由です。
前の日の晩に出したらダメだとすると、言われてみりゃ確かにゴミを出すタイミングが無いんですね。
溜まったらオレんとこに持ってきたらまとめて捨てとくよ、と話したのですが、考えたら家庭ゴミってのはプライバシーのカタマリですので、他人に託すのも抵抗があるよねぇ。万一オレがヘンタイだったら中身漁ったりしちゃうもんね。

ということで・・・最近、生活保護受給者がオイシい思いしすぎなんじゃねーか、などと、いわゆる社会的弱者とされてる類の人らが不当にモンク言われがちな感じがありますが、事程左様に、なんじゃないのかね。

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浜の真砂が尽きても世間話のネタはつきない。

ご近所にある、お世話になってる神社さまがこの連休にお祭りですので、今日はチョイと早起きしまして、やはり近所の酒屋さんにおサケを買いに行きました。
まずそこで、酒屋のオッチャンオバチャンとしばし世間話。
 
おサケ購入後、そのまま神社さんにお納めに行きまして、そこでしばし宮司さんと世間話。
 
そのあと、先日納品した動画の使われっぷりを確認しにビッグサイトまで行ってきました。
そこで、クライアント諸氏及び代理店氏と、ここではちょっとだけ世間話。
 
で、帰社したときには既に夕方でした。
 
振り返るに、今日は一日世間話ばかりしてた気がします。浜の真砂が尽きても世間話のネタはつきないのです。
 
酒屋のオッチャンと、この辺りはゼロメートル地帯どころかマイナス3メートルだから、川の氾濫なんかあるとタイヘンなんだよな、なんて話をちょうどしてたところでした。その数時間後に記録的豪雨に遭うとは夢にも思わなんだ。
 
宮司さんは山形出身だそうなのですが、戦後山形の空港がGHQ?に接収され、その結果「青い三角の帽子をかぶった米兵」+日本人女性のカップルがそこかしこに溢れ、その後をついていくとガムやらチョコレートやらをもらえた、とのこと。
「ギブミーチョコレート」の話を実体験として聞く、という、貴重な体験をしたのでした。
 
今回納品した動画は、企業展示会における企業ブースのひとつで定時に行われるプレゼンテーション時に用いられるもので、オレが収めたのはBGM&SE付きの動画で、いわゆるプレゼンテーションNaはコンパニオンの方が現場で生でしゃべるのですが、クライアント氏から、このコンパニオン女史が去年と比べて上手いとかヘタとか、2編のプレゼンのうちどっちの集客がどうだとか、いろいろ伺いました。
代理店氏とは、企業展示会において代理店はどこからどこまでが仕事範疇かについて興味深いお話を伺いました。ちょっとだけ動画のダメ出しもされました。

ということで、一日中世間話に明け暮れた今日だったわけですが、特筆すべきは取り交わされた会話の中身の振り幅が広かった、ということですね。
 
ともすれば狭い狭い世界の中だけで完結できてしまう弊社の業界ですが、ゆめゆめそれで完結せず、幅広い視野を持たなければいけません。
ただでさえ、「ギョーカイ」なんていって、自分らの視野の狭さを露呈して憚らないヤカラの多い我が業界です。そういうイヤミで悪しき意味でのオタクに堕ちないように留意しなければいけません。なにより人として。

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披露宴。

それにつけても先日の披露宴は素晴らしいものでした。形而的なことだけ書いてしまうと、首相経験者やら現役大臣やら芸能人やらといった出席者、その数ザッと600人(推定)。その「首相経験者やら現役大臣やら」の皆さんもオレの見た限り殆ど中座された方はおられなかったように思います。ご祝儀の金額に悩んだのがバカバカしくなりました。いくら包んだところでオレが最低金額であろうことに疑問の余地が無いからです。
 
なんでまたオレなどがそんな場所にいたかについては、先だってにちょっと触れたように守秘義務の問題があるのであえて書かないですが、新郎氏と非常に微細な知己にありまして、要するにその縁に拠るところです。とにかく、まぁ、なにしろそういう場所におりまして、3時間半に及ぶ披露宴を「堪能」した次第です。
 
新郎氏はザックリなくくりでいうと「二世」というスタンスであられるわけでして、上記したようなそうそうたる列席者の方々も、確かにお父上の縁であるところもあろうかとは思います。
ただ、お父上の逝去後もこうして集われ、中座もせずに最後までおられたということは、そういう縁という財産を余さず保っておられる新郎氏の実力、そしてそのための努力のあらわれかと思います。実際氏はもはやその道において「二世」の冠無くとも通用する立場であられます。
 
以前も書きましたが氏は非常に頭のキレる方で、いろんなところの会合等でお会いするのですが、その際のちょっとした挨拶会話でもオレなどは常に緊張を余儀なくされます。それは当意即妙な切り替えし、なんていう浅薄なものではなく、常にいきなり本質に切り込んでこられるのです。オレよりいくらか年少でらっしゃる氏ですが、見習わなくてはいけないな、と。
 
FB等によると氏はこの披露宴の翌日から精力的にあちこち廻られたりなどされてる由。ちょうど、デカ目の「仕事」について各紙で報ぜられてました。そりゃ忙しかろうて、と。知力と体力、これを両面備えることは重要なことですね。
ちなみにオレは宴の翌日はグウタラしておりました。午前中に左足の爪を切って、午後に右足のを切りました、以上。
 
とにかく、ご結婚おめでとうございます。末永くお幸せに。

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お祭り。

今週から「深川八幡祭り」です。今年は本祭りということで、神輿56基勢揃いの連合渡御が執り行われます。地域自治(組織)の有名無実化が盛んに言われる昨今において、町内会ごとに神輿、それも結構なデカさのを所持しているというのは、これは結構稀なことなんじゃないかと思います。当の神社様にはここ最近いろいろあった・・・いやホントにいろーーーんなことがあった由ですが、そういう事どもに頓着することなく、今年も盛大に行われるようで、なによりです。
 
約10年間ほど、このお祭りに文字通り「付きっきり」だった時期があります。なにかって言えば神輿関係の取材ばかりしていました。本祭りは3年に一度ですが、その間の2年間は何にもないのかというと決してそんなことはなく、子ども神輿の連合渡御有り、お宮の神輿(の二ノ宮)の渡御有り、やれ○○町で神輿を新調した・修繕した、△△町で神輿練習会がある、○日には幹部総代の会議があ、と、なにしろ一年中、っていうか年がら年中「お祭り」と関わりっぱなしの10年間でした。
 
100万人からの人出が予想されるこのお祭りですが、エラいのは「単なる大イベント」というところに帰結してしまってないところです。
いつだったかこの連合渡御の「10時間生放送」なる番組を作ったことがあるのですが、その際に総代さんに耳にタコができるほど言われたのが、この「単なるイベントとして採りあげるな」ということでした。即ち、お祭りというものはあくまでも神事(の一環)であって、神輿はその名の通り神様の乗り物であるので、そのつもりで放送しろ、と。

このことは存外ないがしろにされがちな事柄で、余所のお祭りなどには、この総代さんらの危惧してたような「単なるイベント」としてしか見られてないようなものも多い由です。
深川のお祭りはそういう視点で切り取るな、と、クドいようですが口を酸っぱくして言われました。言われまくった。

実際「深川八幡祭り」には、神事としての崇高さがあります。これは参加したらわかります。実際サケ飲んで神輿担いでる人もいなけりゃ、カラフルな肌の方々が神輿の上に乗ったり、ケンカしたり、なんていうことも「絶対に」ありません。神輿の上にのってはっちゃけたり、ケンカなど大暴れしたいから祭りに参加する、というようなヤカラが多い中、このあたりが徹底できてるというのはスゴいことだと思う。
 
深川八幡祭りは、そりゃもうトンでもなく賑やかな、盛大なお祭りです。恐らくは猛暑の中での挙行となると思われますが、水掛け祭り・水掛け神輿といって、この神輿渡御はその道中で神輿に水を掛けまくります。なぜ掛けるのかには諸説ある由ですが、とにかくザブザブ、ドカドカ掛けます。なので、まぁ暑いことは暑いですが、とりあえず合法的に往来で水浴びできるわけなので、暑気も自ずから払われます。4トントラックに水を満載してバケツで掛けまくるは、消防団が放水車で散水するは、そりゃもう大騒ぎです。おかげでオレは今でもカメラの防水化には大いなる自信を持っております
 
本祭りの年は、前年の年末くらいから幹部総代の皆さんがピリピリしてて、オッカなくて弱ったものです。
今週の土日が今年の本番です。さぞかし皆さんお忙しいことでしょう。成功をお祈りしておりますよ。

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酷暑の中、名古屋ロケしてきました。

以下、愛知は名古屋の雑感です。
名古屋はみんな車の運転が荒いから気を付けて、なんてことを言われてたのですが、実際行ってみると皆さん運転が非常に穏やかで拍子抜けでした。道に明るくないが故に割り込み等もしばしばやらかしたのですが、都度皆さん穏やかに、優しくそれを許してくれました。
そういや沖縄でも大阪でも愛媛でも同様なことを言われましたが、いずれにおいても運転の荒さに閉口するような体験はついぞしませんでした。これは思うに、要するに日本で一番運転が荒いのは東京だ、ってことなんじゃなかろうか。実際今回も、用賀から首都高に入っ他途端に、名古屋高速との運転マナーの差異を強烈に見せつけられました。
 
あと、これも事前に聞いてたのですが、名古屋にはやたら喫茶店が多く、でもってどこもモーニングやらがメッタクソに充実している、と。
確かに、コーヒー一杯400円で、サラダ+トースト+少々のオカズが「サービス」で付くんですね。東京だったら普通に総額800円くらいになると思うのですが、かの地では総額400円ポッキリ、ジャムをひとつ追加すると+30円とか細々オプションもある由ですが、400円で十全な朝メシにありつけちゃうというね。これで店としてやっていけるんだとしたら、東京のこの値段はなんなんだ、ということになるわけですが、かの地ではどこでもこの価格帯のようです。オカシな話です。
 
朝メシ問題としては、このトーストの「名物」のひとつに「小倉トースト」なるものがありまして、これは焼いた食パンの上に山盛りのアンコが乗ってくるんですね。朝っぱらからこういうものを食ってる名古屋人にはきっと胃腸の丈夫な人が多いんだろうと思う。
 
あと食い物でいうと「ういろ」というものがありまして、これは以前大阪で、こんなものを食ってるヤツはおらん、お茶請などでしばしば目にするがこれはひとつが永続的に世の中に廻ってるだけにすぎない、そもそもこんなものを有り難がって食ってる名古屋人は○○○がオカシい、などとよく聞いたのですが、なんのなんの食ってみたら存外美味いのです。○○○がオカシいのは他ならぬ大阪人の方だったのだ!とオレは確信した次第です。
 
現地入りするまで、名古屋ではみんな「ぎゃーも」とか「みゃー」とか言ってて何しゃべってるかわかんないんじゃないか、とか、コンビニとか無いんじゃないか、とか、ちゃんと道路は舗装されてるんだろうか、などと心配していたのですが、結論から言うといずれも杞憂で、なにしろ非常に良い街でありました。私的ベスト3に入るね。

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