指導者が大事である、ということ。

高校時代の部活の練習試合に招かれまして、馳せ参じました。
 
チームを見て驚いたのは、ちゃんとした指導者がいる、ということです。オレの在部時はなにからなにまで、良く言えばセルフオペレーティング、ぶっちゃけてしまえば完全自己流が当たり前でした。
どうやったら本塁から二塁にまで効果的に送球できるかとか、軸足をどう使うと打球が伸びるかなど、部員同士でアレコレ試行錯誤したものです。懐かしい思い出で、そういやこないだのOBOG総会でこの辺の話をしたのですが、また「そもそもオマエ以外はみんな出来てた」なんて言われるかと思ったら、モノスゴク共感されて逆にビビったものです。
 
初めて我が心中から表に出すのですが、部活を妙なタイミングで辞めたのは、実は肩が猛烈に痛かったからなのです。
日常生活を送る分にはなんともないのですが、いざボールを投げるとダメダメ、だいたい3球で、思わずその場にうずくまっちゃうくらいの激痛が走るのです。
いつだか当時使ってたグラブというかミットとボールが出てきたので、戯れにちょっと投げてみたことがあるのですが、やっぱし3球でダメでした。要するにオレはもう「ボールを投げる」ということが出来なくなっちゃったんだなぁ、と、些少ながら感傷に耽ったものです。
 
ところが、確か横浜ベイスターズのサイトだと思うのですが、ある日「工藤公康の野球教室」なるコンテンツを見つけましてね。
ページ閲覧者からのメールに工藤が答えるという趣向だったのですが、その中に、ウチのセガレが、ちょっとキャッチボーールするとすぐ肩が痛くなって・・・、なんてのがありまして、その工藤の答えが非常にシンプルなもので、

“いろんな要因が有りえますが、まずは正しくボールを握っているか見てあげて下さい”

と。
なんでちゃんと握らないと肩を痛めるのかも書いてあったのですが、ここでは割愛します。
 
なにが言いたいかというと、要するにオレはボールの握り方を間違えてたのですね。
で、また試みに、その返答に添えてあった「正しいボールの握り方」図の通りに握って投げてみたら、驚いたことに肩が痛くならないのです。ホントにウソみたいに痛くならない、どころか痛くなったりする前と同じ感覚で、球が伸びるのです。
大げさでなくオレは驚愕しましたね。
 
しかし、既に40歳過ぎてしまってましたので、今さら肩がOKになったところでなんの意味も無いのでした。
30年前にこのページがあればなぁ、と思ったですね。心から思った。
若しくは、誰かに正しい握り方を教わってればこんなことにならなかったんだよな、と。
まぁちょっとだけまた感傷に耽ったものです。
 
なにしろ指導者は必要です。このことは部活であろうが社会人であろうが変わりありません。指導されることに依存してはいけませんが、そうならないようにバランスを見極めることも指導者の重要な資質でしょう。なにしろ「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、 ほめてやらねば、人は動かじ」です。「見て覚えろ」オンリーなんてのは今日び流行りませんね。
 
こういうヤカラが我が業界には残念ながら多いのですが、大した能力も資質も無いヤローに限って新人イジメしたりするのです。でもって往々にしてそれが「美徳」とされたりもします。ロクに教えもせず、ただ陰湿に苛める、という。
そもそも映像制作を志すような人が体育会系オンリーの気質であるわけもないので、そういうノリでモノゴトが上手くいくはずも無いのですが、こういうのはやっぱしある種の「体育会系的な事柄に対するコンプレックス」なんだろうな、と今は思えます。
ワカモノというものは押並べて無能なものでありまして、またそれで当たり前なので、そりゃ時には至らない部分について怒ったりもしますが、教えて無い事が出来なかったりしても怒ったりはしませんね。オレは、というか弊社は。
 
90年代頭くらいがこの手のネガティブなベクトルの理不尽さを「美徳」扱いする傾向のピークだったそうなのですが、そういう非合理極まりないカリキュラムによって育った、というか生き残った面々が今テレビ番組なんか作ってるわけで、だから昨今のTV番組はどれもこれも面白くもなんともない、大味なものばかりなわけですね。適切的確な指導者に恵まれないとロクなニンゲンにならない、といういい見本ですね。
 
まぁそういうわかりきったことは置いといて、練習試合の見学の後、諸々の打ち合わせのために我が母校にお邪魔してきました。
在学時にはほぼ新築だった校舎がすっかりオンボロになってて驚愕しましたが、30年も経ってるのでそれもむべなるかな、です。
月日は百代の過客、若しくはぶっちゃけ「国破れて山河在り」かもしれません。

「練習の厳しさ」について。

高校時代の部活の話なのですが、こと「練習の厳しさ」ってことで言うと・・・例えば夏合宿、確かにこれはホントに朝から晩まで直射日光の中で走り回ってたわけで、相応にキツいものではありました。

しかし、当時よく言いあってたのは、硬式野球部の練習はこんなもんじゃないらしいよ、ということでした。甲子園を本気で狙えるレベルでしたのでむべなるかなではあります。練習内容のみならず、先輩後輩の上下関係もしかり。
そうか、じゃあオレらなんかまだマシなんだなぁ、ということで妙なコンセンサスが取れていたように思います。

で、後年になって、その硬式野球部だった方にお会いしたのですが(=先輩にあたります)、いわく

“いやぁ、PLとか池田なんかはこんなもんじゃ無いらしいよ”

とのこと。「甲子園を本気で狙えるレベル」と、「甲子園での優勝を本気で狙ってるレベル」で、単純に練習密度にはかなり差があるんだよ、と熱く語っておられました。
当時のPL、桑田・清原に、立浪なんかがいた時代ですね。池田高校には元巨人の水野とか。
・・・なにしろ、どんだけスゴい練習なんだろう、と思ったものです。

で、さらに後年、かつてのPLや池田高校に準じるレベルの高校野球部出身の方にお話しを伺う機会があったのですが、氏いわく、

“いやぁ、言っても高校の部活だからね。プロレスの道場なんかはこんなもんじゃ無いらしいよ”

とのこと。

さすがにプロの世界になるとハンパじゃないんだな、と思ったものです。
実際プロレスのトレーニングは非常にキツいものだそうで、ぶっちゃけ何人も死んでたりしますからね。

しかしながら、さらにさらに後年、某プロレス団体の取材をする機会が有りまして、選手の皆様にインタビューなどしたのですが、選手の皆さん口をそろえて“新人時代はキツかった・・・”と仰る中、ある陸上自衛隊出身の選手いわく、

“いやぁ、言ってもスポーツですからね。自衛隊のときの訓練に比べたらさほどでも無いですよ実際”

とのこと。

なにがいいたいかというと、自衛隊最強。

ダルビッシュをみるたびに思い出す。

本日、2009年NPB日本シリーズ第二戦、巨人VS日本ハムが行われておりました。
我が中日ドラゴンズはCSで敗退。この日本シリーズへの進出は適いませんでした。
なのでオレもこの日本シリーズ、シーズン中のような楽しいストレスを感じることもなく、ひたすら淡々と眺めております。
っていうか、正確には眺めてさえもおりませんで、殆どNPBへの義理立てのような気分で、その結果だけ気にしてるといった按配です。
ただ、今日は観たかった。観戦したかった。
今日中に上げなきゃならない編集案件があったので結局観られなかったのですが、なぜどうしても観なきゃならないと考えたかというと、これはひとえに「ダルビッシュが出るかも」だったからです。
野球ファン、とりわけNPBファンは、彼が引退若しくは一線を退くその前に、一戦でも、また一級でも多く彼の姿を己がマナコに焼き付けておかなければいけません。
オレ的にはこれはもはや義務ではなかろうか、と思います。っていうかそーだろ?え?という感じ。

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