あんなことまで書いておきながら「あしたのジョー」を観に行く。

表題の通りです。前回ああいうことを書いておきながら、臆面もなく観に行ってまいりました「あしたのジョー」。

結果から言うと、非常に楽しめる作品でした。

また、その面白さの種類が原作のそれとほぼ同種同一、という、極めて稀有な作品に仕上がっておりました。

原作は面白かったのに映画はダメ、とか、映画も面白かったけど原作とは別物、ってのが多いですが、こういうのは珍しいですね。

原作ファンも、原作を知らない人も、総じてみんな楽しめる・・・こういう惹句に何度騙されたかわかりませんが、この作品に関してはそこにウソはありません。まさにその通り、そのまんま、です。

とにかく、よかった、よかった。楽しめる作品でホントによかった、という感じでいます。

またもやこの作品が前回挙げたようなクソ映画だったら、オレはもう金輪際邦画なぞ観まい!となったろうし、また特に原作が原作なので、そのファン
であるオレは恐らく半年くらいヘコんで立ち直れなかったと思います。あの崇高なる原作を台無しにしやがってアホンダラ!という感じで。

とにかくそういう不安ばかりの中で観に行ったのですが、見事に全て杞憂、客を選ばない、かなり多くの人が純粋に且つシンプルに楽しめるであろう良作に仕上がっておりました。

ただねぇ、2点ほど、ちょっとどーなんだ?という事柄がありました。

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「話題の映画」について(暴論且つ長文)。

今年の日本アカデミー賞は「告白」が作品賞でした。「告白」は観てませんが概ね好評なようですね。これだけ好評なんだからそれなりに面白い・楽しめる作品なんだろうと思います・思えます。

しかし・・・いきなり話は「告白」から離れますが・・・特にここ数年、この「好評」や「人気」、「評判」というヤツに思いっきり裏切られるケースが非常に多いのも事実です。

“これだけ話題になってるんだから、それなりに面白いんだろうな”ということで少々でも期待して観に行くと、それが強烈に裏切られることがやたら多い。多いどころか、オレ的にはほぼ100%です。

オレはこの30年近くでもう1000本は観てますが、これほど裏切られ続けたことは過去にありません。

年がら年中見てるんで、そりゃタマにはダメ映画に当たることもありましたが、これだけの「話題作」で、しかもこれほど続けて、ってのは記憶にありません。

これは一体どうしたことか・・・というわけで、オレはもはや、特に邦画に対してある種のトラウマさえあります。

オレが映画を観始めたのは’80年代の頭。当時からいわゆる「鳴り物入り」の映画作品は数多有りました。

興行成績が話題になってるもの、広報・宣伝がスサマじく、それ自体が話題になってたりするもの、各種レビューでの評価が半ば異常なほど高いもの、などなど。

「三人娘」以降の角川映画しかり、フジテレビ制作の諸作品しかり、です。

で、これらは一部例外はあるものの、総じてそれなりに楽しめるものでした。

“まぁ取り急ぎ、これだけ話題になってるだけのことはあるなぁ”という感じ。

どの作品も、ある程度のクオリティには到達していたように思います。

しかしながら特にここ数年、クドいようですが、ホントに裏切られる。

なんでこんなモノが好評なんだろう、とか、どうしてこれが好意的に捉えられるんだろう、とか、どういうわけでこの人らはこんな作品で泣けたりできるんだろうか、とか・・・そんなんばっかしです。

決して斜に構えて鑑賞に当たってるわけではありません。オレくらいシンプルかつストレートな心持で映画観に行ってるヤツはおらんと思います。それにはカッコたる自覚と自信があります。

批判ありきで鑑賞に当たるほどヒマでは無いし、そういうスノッブさをオレはむしろ憎みます。

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白黒ハッキリさせりゃいいってもんじゃないのだ。

なんでもカンでも白黒ハッキリさせればいいってもんじゃない、と思うのです。世の中には、「白」、「黒」と同列且つ同格でもって

「白なんだか黒なんだかよくわからないけどまあいいか!」

という価値観が存在するのであります。

「大相撲」なんてのは、この3つ目な価値観の極北です。

“八百長のウワサもあるねぇ、でも取組みるとガチっぽいなぁ、でも・・・まぁその辺は、ねぇ”

というのが大相撲の醍醐味の大きなひとつだったりするんですよ。

むしろ「なんでもカンでも白黒ハッキリさせればいい」という価値基準、これの方がオレ的には摩訶不思議です。

っていうかね・・・あくまでも私的にですが、この「白なんだか黒なんだかよくわからないけどまあいいか」という価値観を理解できるかどうか、若しくはどこまで咀嚼できるか、そこんとこでそのニンゲンのインテリジェンスの多くが問える、と思います。

なんだかよくわからん、な事柄をいかに・どこまで具現的に捉えられるか。ここが豊穣な人生を送れるか否かの分水嶺ですよ。

もっとハッキリ言っちゃいますとね・・・「なんでもカンでも白黒ハッキリさせればいい」なんてのは、これはアホの発想ですよ。そう思えてなりません。

しかし、この「白黒ハッキリ」という思想、いったいどっから来たものなんだろうか。西洋的な思想かっていうと必ずしもそうでもない気がします。
WWEに熱狂してるアメリカ人たちのうち、それがガチ試合だと思って観てる人は恐らく皆無でしょう。リング上の選手等がガチで闘ってるわけではないことを
理解しつつ、それでも彼等は赤・青コーナーの選手の応援に熱中しています。で、そんな様を「非常にアメリカ的だ」なんていう目でワレワレは見ています。

そんなわけで、どうやらアメリカ文化の影響ってわけでもなさそうです。じゃあなんなんだ、と。どっから湧いてきた発想なんだろうか。

とにかく、こういうルーツもよくわからん思想・発想に踊らされてはイカンです。

とりあえず、世の全ての「試験」で、マークシートを廃絶することかは始めなきゃイカンですかね。

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阪神・淡路大震災から16年。

今日の「天声人語」も阪神・淡路大震災が題材でしたが・・・今日は心震える内容でした。ちょっとご紹介します。

明治末、当時の報知新聞に賞金付きの川柳投稿欄が設けられまして、社会部長で小説家でもあった野村胡堂が自ら選者を務めた由。

で、彼が「不朽の名作」としたのが、下記の一句です。

「するが町広重の見た富士が見え」

「するが町」というのは今の日本橋のあたりですが、関東大震災でもって界隈に立ち並ぶ高層の建物が軒並み崩れ落ち、その結果かつて広重が見た・描いた通りに富士山が心ならずも望めてしまう、その様子・・・そうなってしまった町並みの様子を詠んだものだそうです。

俳句だ短歌だ川柳だ、というものにオレは丸っきり門外漢ですので、この句も”なんのこっちゃ?”と言う感じ・・・いや、そうさえも考えなかったくらいなのですが、この解説を読んで、思わず背筋が伸びましたね。

あるべきもの・・・単にそこにある建物だけでなく、それも含めた町の世界観というものが一瞬で瓦解してしまった、その後で呆けたように立ち尽くす、放心状態の空気感。なんと恐ろしい句か、と、朝から震えました。

しかし、後段の紹介される句で感じた恐怖感は、まだ記憶が生々しいだけにそんなレベルじゃなかったです。

「平成七年一月十七日 裂ける」

阪神・淡路大震災の、まさにその朝、地元神戸の川柳作家の方が詠んだ句だそうです。

都内在住のオレとしては、そうか、あのとき、なにもかもが「裂けた」んだな・・・と思うしかありません。

さてさて・・・オレは当時も在京でしかも今以上に愚かな大学生でしたが、

http://bit.ly/8o0nLC

これは観ていました。

その後メディアに関わる仕事に就き現在に至りますが、番組中の発言については自戒するばかりです。

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「都青少年健全育成条例」改正案について。

以前にも書いたことがありますが、ああいう愚にもつかない下品なエロマンガを「お上」がいつまでも放置してるわけねーだろ!と常々思っておりましたよ。あ
んなものを堂々と創り且つ売り続けてたら、そりゃいつかこういう規制が入るに決まってますよ。「お上」ってのはそういうもので、別の言い方をすればいつの
世もこういう規制をすることこそが「お上」のお仕事です。

この業界の人たちはそんなことがどうしてわからなかったんだろうか。なんでまたここまで無策に、されるがままになってしまってるんだろうか。不思議でなりません。アホか、と。

AV業界などは、そこんとこ上手いことやってますよ。業者間で「監視団体」を作り上げ、セッセと天下りを受け入れ、と、その功罪や善悪は置いとい
て、とにかく業界存続のために長年シコシコと努力?しております。その結果、今回の規制対象のマンガ類など比較にならないレベルでロクでもない内容である
にも関わらず、たまーにある意味生贄としいてパクられる業者が出るくらいで収まってます。

念の為繰り返しますが、あくまでも「その功罪や善悪は置いといて」の話です。

こういう努力をこの業界はどこまで行い、果たしていたんだろうか。ある種のタブーであるが故にこの手のコンテンツは確実に「売れる」わけですが、
要するにこの業界の人たちは、そういう目先の利益におぼれ、ホンのちょっとだけ想像力を働かせればわかったであろうこういう結末さえ予測できなかった、と
いうわけでしょう。自業自得っちゃその通りですが、これまた当然ながら「規制」されたらその分世の中を巡りめぐるお金も減るのが当然なわけで、そういう意
味でもはや自業自得なんて話じゃ収まらなくなっちゃったねぇ、ってのが今回のニュースの主旨(のひとつ)なわけでね。

とにかくですね、今になって「大反対」なんかしてもしょうがないです。

ただただ、一部のアホンダラのお陰でワリを食っちゃう、マトモなコンテンツ制作者(業者)がアワレでなりません。ってよく考えたらウチも他人事じゃねーじゃんか!というね。

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亀田大毅vs.坂田健史戦(2010年9月25日)

理由あってここ10日ほど一歩も事務所の外に出ていません。だから外が雨なのか寒いのか暑いのかも全くわかりませんでした。さっき久々に窓を開けたら車が
濡れてたのできっと雨だったんでしょうね@東京。何年か前もこういうことがありまして、その時は試しに起床時に万歩計をつけてみたのですが、就寝時にその
数値をみたら「30歩」。要するにトイレ行く時くらいしか歩いてないってわけですが、ここ数日もほぼそんな感じです。

そんな有様なので、トップアスリートのパフォーマンスに対してアレコレ言うのは憚れるのですが・・・なにしろ今日は亀田次男vs.坂田戦がありました。

試合そのものには直接関係無いのですが、なんかヘンな試合だったなぁ。

まず試合前の選手コール。カン違いでなければ、次男が先にコールされてましたよね。チャンプは通常後からなんじゃないかなぁ。

あと、レフェリー、手袋してなかったなぁ。素手でのレフェリングなんて20年ぶりくらいに観た気がします。確かレフェリーはクリストドルー。ベテランだし、そもそも、まさかつけるの忘れたなんてこともあるまいに。

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暴論だけど暴言ではない(つもり)。

以下は平成22年9月18日付読売新聞記事からの抜粋引用です。

岡山県真庭市内の県立高で、夏休みの宿題を出さなかった男子生徒(17)に対し、学級担任の男性教諭(25)が「殺すぞ」などと暴言を吐いていたことがわかった。
 同校などによると、教諭は10日午後のショートホームルームで、宿題が未提出だった生徒に、他の生徒の前で「宿題を出さにゃ殺すぞ」などと暴言を吐いた。
 教諭と生徒は提出期限を13日と決めたが、一部しか提出されなかったため、教諭は14日午後、廊下で会った生徒に「提出したから生きているんだよな」と、再び問題発言をしたという。

・・・我ながら「学校のセンセイ」に対して事有るごとにボロクソ書いてばかりいるので、今回はできるだけ擁護の方向で書こう、一方的な悪口みたいなのは避
けよう、ってことで考えたのですが、今回に関しては、残念ながらどうしても、生徒に「殺すぞ」というような言葉を簡単に吐けちゃう教師を擁護する術が思い
つきませんでした。
故に今回も、結局悪口三昧な内容になるかと思います。
 
 
まず、人間の生き死にを軽んじるような言葉を、いいトシした大人が簡単に口にするという、これは個人的に許せません。
25歳なんてぇのはハッキリ言って「小僧」なわけですが、さすがにそれでもこういう言葉を軽々しく口にして許される年齢ではありません。

(まるっきり余談ですが、某居酒屋チェーンの社長も、会議etcの度に社員に”いますぐここ(ビルの5F)から飛び降りろ!”とか言っちゃってるみたいですね。先日雑誌だかなんだかで読みました。それが我が社員教育の極意だ、みたいな論調でした。
「ベンチャー企業の雄」だとか、さらにこともあろうに教育ナンヤラ委員会理事長だかに就いてたりなど、なにかにつけやたら持ち上げられることの多いこの社
長ですが、居酒屋店舗としては殊更目新しい事を興してるわけでもなく、要するにただ「カネ儲けが上手い」ってだけの人物です。ハッキリ言ってそれだけのハ
ナシ。なのにこの持ち上げられ方、なんかヘンな感じだなぁと思うのですが、それはともかく、こういうようなことを部下に言い放って、それをあたかも美談の
如く吹聴する神経を、オレはひたすら軽蔑します。アホか!と。)

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またまた24時間TVの件。とくにマラソン。

想像通り今年も、やれ偽善だとか企画がつまらんとか出演者のギャラがどうだとかアレコレ言われてるようですが、なにしろ「やらない善よりやる偽善」です。
そもそもナンだカンだ言われつつ平均で約16%、最高で35%の視聴率という数字を叩き出してる以上、コンセンサスはこの「やる偽善」の側にあります。そ
れは否めない事実です。

今回も取り急ぎ2億円だかの浄財が集まった由。それだけの集金がこの「24時間テレビ」以外に出来るか、って話ですね。

ただねぇ、この番組中の「マラソン」の企画、これはセコい。意義云々以前に、企画としてあまりに陳腐ですよやっぱし。

24時間テレビのいわば「象徴」として、その時間中ぶっ続けで行われる企画、果たしてそれが「マラソン」でいいのか?と思ってしまう次第です。

24時間(実際はそれ以上)に渡る番組そのものには「チャリティ」という統一テーマが設定され、全てのコンテンツがそれに則って制作されてるにも関わらず、事実上主軸企画となっているこの「マラソン」にだけそれがないんですよね。

マラソンという行為そのものには「チャリティ」の意味がどこにも存在しないわけでね。

っていうか、そもそもこのマラソンには、「チャリティ」云々の話以前に、そもそもなんの必然性も無いですよね。なんかいつのまにか風物詩的に定着
してしまってますが、考えたら「いきなりマラソン」なんです。そういやなんでマラソンなの?、と問われたら、どう考えても後付けの理由しか出てこないで
しょう。

24時間ブッ続けでなにかを行って、その結果(チャリティ的な)○○が生まれる・できあがる、みたいな次第ならいいんですけどね。その方が目論見としての「ゴール=完結時の感動」が生きる・・・より感情移入できるものになると思う。

なにしろ・・・”目論見としての「ゴール=完結時の感動」”と書きましたが、そのための方策として考え出された企画が「マラソン」ってのは、あまりにも安直なんじゃないかと思う。ベタベタというかね。

もうひとつ。

法的な義務はどうなのか知らないけども、日本テレビは、これはやはり収支を明らかにしなきゃいけません。大メディアとしてそれは必須だろうと思います。

募金で領収書を要求するヤツはおらんので、その辺は日本テレビ側のいわば良心に委ねられるわけですが、ここのところはどうなってんだろうか。ある程度はサイトなんかで公表されてるみたいですが、なにしろ2億オーバーですからね。カッチリやって頂きたい。

最後に繰り返しますが、「やらない善よりやる偽善」。

チャリティの名の下に24時間で2億集めるってのは、これはやっぱしスゴいことですよ。政治家だって一晩で2億集めるのは至難でしょう。

またそういう意味で、TVメディアってのはダメだダメだと言われながら、まだまだ死んではいませんなぁ、と思います。その是非はともかく。

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山本モナさんの件。

山本モナさんが結婚して芸能界引退、だそうです。
トラは死して皮を残すとか言いますが、その道を志した以上、どういう理由で去るにしろ何らかの形を残していきたいと思うわけです。しかるにこの「山本モナ」とかいう方は、ここで辞めちゃったら単にお笑い種という存在でしかない。事実上表現者としてなーんにも残していないわけですが、果たして、なにより本人はそれでOKなんだろうか。良い大学出て難関のマスコミ受験の網を掻い潜り、して、天下の朝日放送のキャスターまでやって、これで辞めちゃってなんの悔いも無いのでしょうかね。オレ的には不可思議だったりさえします。
そんなこと言ったら今の「TVタレント」と括られる人の中で、例えば代表作と言えるパフォーマンスを残してる人がどんだけいるか、という話になっちゃうわけですが、これはその方が異常なんですよね本来は。
制作費削減傾向にあるとはいえ、まだまだ「地上波TV番組」の制作費は他メディアに比べて群を抜いて高額、相対的にかなり潤沢に表現のためにお金を掛けられる状況にあるはずです。
そんだけお金を掛けての「表現活動」が日々飽くことなく続けられてるにも関わらず、その出演者がひたすら「使い捨て」状況である、という、考えたらこんな異常なこと、そして不遜というか傲慢というか、なによりもったいない事は本来あっちゃいけません。
TV番組制作者には、出演者が自身の「代表作」をモノできるような、それが期待できるような制作姿勢を望みたいところです。
で、出演者の方も、真摯な「創作」姿勢でいて欲しい、それがイヤな人はマスメディアから去り、相応の舞台に活躍の場を見出して頂きたい、と思います。本来「芸能人」というものはそういうものだったはずです。
でもって、それはきっと視聴者にとっても、スポンサー側にとっても多大なメリットがあるはずです。
ところでこの山本モナさんですが、キャスターの仕事が決まると決まってその直後に露見するスキャンダル、一度ならず二度までも、というのは・・・なんか、思わずちょっとウラを勘繰ってしまいます。
もしかして、モナさんがキャスターに抜擢されると困る人(たち)がいたりするのでしょうか。

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ただ長文なだけで中身は乏しい

またまた痛ましい事件が起きてしまいました。下記は2010年7月30日22時23分発の読売新聞記事からです。
 
大阪2児遺体、23歳母「世話嫌になり家を出た」
 大阪市西区南堀江1のマンションに男女2人の幼児の遺体が放置されていた事件で、大阪府警捜査1課と西署は30日、母親の風俗店従業員下村早苗容疑者(23)を死体遺棄容疑で逮捕した。
 下村容疑者は容疑を認め、「子供の世話が嫌になり、いなければよかったと思い、2人を残して家を出た」と供述している。府警は下村容疑者がネグレクト(育児放棄)の末に2人を死なせたとみて、殺人や保護責任者遺棄致死容疑での立件を検討する。
 発表によると、下村容疑者は6月下旬、自宅マンションに長女の桜子ちゃん(3)と長男の楓(かえで)ちゃん(1)を置き去りにし家を出て、数日後に帰宅した際、2人が死んでいるのを確認したが、そのまま遺体を放置し、遺棄した疑い。
 司法解剖の結果、2人は死後約1~2か月で、死亡直前数日間は何も食べていなかったとみられる。死因は特定できなかったが、いずれも栄養不足状態だった。
 下村容疑者は「ご飯をあげたり、風呂に入れたりするのが嫌になった。ご飯も水も与えず、子供たちだけで生きてはいけないことはわかっていた。『助けてやらなければ』という気にはならなかった。(置き去りにしてから)1週間後には死んでいるかもしれないと思った」と話しているという。
 下村容疑者は勤務先の同僚男性に携帯電話で呼び出され、30日午後、待ち合わせ場所に現れたところを捜査員に任意同行された。

 
・・・あえてこのソープだかヘルスだかの女を非難することは控えてみます。そういうことはオレ以外の多くの皆さんが既に書いてます。恐らくおんなじようなことを書き連ねるだけで、それは詮無い事です。
そもそもオレは独り者で、しかもどっちかというとブラブラしてる感じで生きてますので、だいたいこの女を非難する資格があるのかどうかからして疑わしいです。おまえさんにアレコレ言う資格は御座いませんよ、と言われたら、言い返す術が無い。少なくともそういう自戒が我が心中にあります。
間違ってもこの毎日新聞の記者氏のように、テメーらの「不祥事」は棚に上げて
> 大阪市こども相談センターには、マンション住民から虐待を疑う通報が
> 3月30日~5月18日に計3回あった。計5回の訪問をしたが、呼び鈴を押しても
> 反応がなく、不在票を置いて引き揚げた。子どもの安否確認や警察への連絡も
> しなかった。
などという、奥歯に物の挟まったようなインケンな言い回しでもって社会制度・構造批判するような、卑怯で下品で鉄面皮なヤカラにまでは堕ちるまい、と思って止みません。
(連絡「も」 しなかった、だってさ。ナニサマのつもりで書いてんでしょうかね、余談ですが)

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