大学の同級生の話。

卒業してから既に20年経過してますのでもはや記憶も朧ですが、私は「日本大学芸術学部映画学科監督コース」ってとこを出てます。

キャンパスは西武線の江古田にありまして、毎日クソマジメにセッセと通ったものです。

・・・しかしまぁあの当時は、まさか自分がカメラ担いで現場出たり、編集・MAしたりするとは夢にも思わなんだ。監督コースってのはどちらかとい
うとそういう事柄を他者にさせる「部門」でしたんでね。

ここには我が監督コース以外に・・・ホントに記憶も曖昧なんですが、撮影・録音コース、演技コースなどがありました。

3年次と4年次には、彼等と組んで「3年実習」「卒業制作」ということで、大抵の場合16mmフィルムでもって、映画作品を1本「制作」します。
監督コースの人間が脚本書いてコンテも切って、撮影・録音コースが現場で撮影・録音し、演技コースのみなさまが「俳優」として出演するわけですが・・・私
はこの3年実習で猛烈にモメましてですね。

もう、特にキャスト、出演者全員が敵で、四面楚歌というか針の筵というか、まぁ自分で蒔いたタネってな部分もあるんですが、なにしろ、それはそれ
はヒドイ現場になったものです。


3年次がそんなだったんで、卒業制作は、もうこんなヤツらとやってられるか!ということで、演技コースの人を一切使わずにやろうってことで作りま
した。

チンピラ役が必要だったので、旧い知り合いの「ホンモノ」を呼んできたりしましてね。まぁ今考えりゃ、女優さん俳優さんに対する妙なコンプレック
スめいたものも有ったのかもしれません。覚えてないですが。

撮影者は弱視でピントが合わせらんねぇとかいうし、録音担当者は難聴だし、3年次とは別の意味でヒドイ現場だったですが、とにかく楽しい現場では
ありました。

作品の出来自体は3年次のやつの方が良かった・・・ような気がしますが、なにしろ遠い昔の話なんでよくわかりませぬ。

我が大学、日芸ってのは、なんか映像制作業界では「日芸閥」なんてのがあるそうで。この業界ではなにしろ日芸出身者が多いので、自然と「閥」めい
たものが出来上がるんですね。

でもワタクシ的にはそういう「閥」的なものは嫌いで、そもそも東大や京大ならいざしらず、「日芸閥」なんていう情け無い「学閥」はハナからまっぴ
ら御免こうむる、というわけで、卒業以来現在までほとんど同窓生と仕事したことはありません。別に意固地になって避けてるわけではなく、極めて自然な流れ
として彼等と接点が生まれずに居る、という次第です。

時々、大して仲良くも無かった同窓生から「いやぁひさしぶり!元気ィ?今度仕事振るよ!」なんてな連絡が来ることもあるのですが、実現したことは
ありません。

口ばっかりの「ギョーカイ人」というのが大嫌いで、往々にしてそういう同窓生が目に付いちゃう、ということもあります。みんながみんなじゃないん
でしょうけど。

・・・そんなこんなで、卒業以来、特に演技コースの人たちと付き合うようなことは皆無。

在学中から、出演者側とスタッフ側とではやはり授業も別々になりがちだし、コースetcの枠を超えたサークルなんかに所属してりゃ話は別なんで
しょうがそういうこともなく、当然のように誰とも疎遠のまま約20年の月日が流れて行きました。

演技コースというのは、その名の通り演技する側、俳優さん女優さんを育成するコースです。

中には在学中、もしくはそれ以前から既に芸能活動などされてる方もおられましてね。

Hさん(女性)という方、この方も、在学中既に大手芸能?プロダクションに所属し、やれTVなんか出たり、ナンヤラとかいう「アイドルグループ」
の一員としてレコード?CD?かなんか出したりなどしてる方でした。

要するに、既に華々しく活躍してる、という。

・・・こういう方は、良く言えば雌伏、悪くいえば大学生として燻ってた当時のワタクシなどにとっては「雲の上の人」「高嶺の花」でして、ましてや
2年次くらいからメッタに登校することも無くなったH女史とは邂逅の機会などあるわけもなく、ただただある種の憧れや、ともすれば衒いを持ってそのお姿を
眺めるのみ、という感じでした。

このH女史と、ほぼ偶然に再会したのが5年ほど前。

別の同級生とメシ食ってて、その場に・・・どういう理由だったか忘れましたがヒョッコリ現れたのが彼女でした。

もはや中年の域であるにも関わらず、相変わらずやたらキレイでしたね。やはり常人とは異質な「華」がある、というかね。

若しくは良い年齢の重ね方をしてる、というべきか・・・むしろ学生時代よりキレイだなぁ、とか思ったものです。

向こうはなんか気さくに「キャー、ひさしぶり~!」などと声を掛けてくれましたが、なにしろこっちは陰気に燻ってた時代の記憶しかないもんですか
らね。アウアウアウとか、なんかわけわからんこと口走っただけでこの時は終わった気がします。

学生時代、あ、監督コースの人がいる、ってんで、学食にいた私に声を掛けようとしたことがあったんだそうです。

しかしながら女史いわく、

“全身から「オレに声をかけるな!」オーラが出まくりで、とても近寄れなかったわよ”

とのこと。

・・・なんだ、そうなのか、その時声掛けてくれりゃオレの「きゃんぱすらいふ」もちっとは華のあるものになったかも知れないのにな、とか思った、
ものです。

あまりに眩しくて、「声を掛けられなかった」、ってのはオレの方だよ、というね。

クドいようですが学生時代のH女史はホントにキレイでした。輝いてました。我が世の春、という感じでしょうか。

で、卒業後も、去る名門の劇団に合格し、そもそも兼ね備えている「華」に加え、巧緻な技巧も備えた「名女優」といっても良い存在になってました。

ただ、その後体調を崩されたりしたこともあり、再会時は、ハッキリ言ってあまり良い状態では無かった。

件の再会以来、何度かナレーションをお願いしたり、また頻繁にカラオケ行ったり焼肉食ったりなどしたものですが・・・当人は決して愚痴などこぼす
ことも無いのですが、都度の雑談などからそのことが伺えました。

あれほど「高嶺の花」だった人でも、20年も経つと、その間にはいろいろあるんだな、と思いましたね。

“大学時代の私は、ただもう生意気なだけで・・・”とかよく言ってましたが、まぁ若いってのは生意気だってこととほぼ同義ですからね。生意気なく
らいじゃなきゃウソで、ましてやH女史は当時すでに生意気であっても許されるだけの実績と、そして素養も備えていましたのでね。むしろ20年後の現在も
もっと生意気であるべし!とか言いましたら・・・まぁ苦笑してましたけどね。

はー、女性にとって、美人だってことは必ずしも幸いなことだとは限らないんだなぁ、とか・・・なにしろ色々考えさせられたものです。

ある時会話の中で、どうやら我々はちょうど同じ時期に沖縄に居るらしい、と判明しまして、じゃあ向こうで合流しましょう、と。

宮古島です。

なんでも高・大学の同級生が宮古におられて、この程出産されたってことで、じゃあ顔でも見に行こうか、という次第。前述のように女史的にはいろい
ろあった時期ですので、リフレッシュというか半ばゲン直しの意味もあったんだろうと思います。

私はホントは本島のみの滞在予定だったのですが、じゃあオレもこの際宮古行っちゃおう、ってなわけで、現地で合流しました。私にとって初の宮古島
です。

この時に、オンボロのレンタカーで連れ立って島内を徘徊し、その末に出くわしたのが

http://www.amazon.co.jp/dp/B002E8JM3C

この舞台となった牧場です。

再会時、H女史は、”なにかオリジナルの映像作品を作って持っていたい”という希望を洩らしていました。何度かその話を聞いたものです。

女史は女優さんですから、演出家etcの構築・設定したステージがあって初めて自身が成立するわけです。そういう前提というか、「宿命」が厳然と
存在します。

そのことが不満だから、とかいう次元の話では決して無く、ひとつくらいは別角度からの「自身」、アイデンティティを、という発想が出てくるのは、
聡明な女史としては自然なことだ、と思いました。

私の方も、基本的に顧客様から発注頂いた映像作品を作って収める、という業態で「オリジナル作品」という概念が無かったので、ちょっとハッ!とさ
せられたものです。

その事がずっと頭にあった・・・じゃあどんな題材なら出来るかな、などとずっと考えていたところだったのですが、宮古島でこの牧場に着いたとき、
これだ!と思いましたね。

で、女史に

「オレは宮古馬のDVDを作ろうと思う」

なんてなことを・・・多分このとき初めて口にしたと思う。

その時は既に起業、今の会社を興した後でしたが、要するにこれは私の、注文仕事ではない「我が社オリジナル映像作品を作る」宣言です。

 

 

それから約2年を経て完成・販売させたのが・・・二度目ですが http://www.amazon.co.jp/dp/B002E8JM3C 
これです。

http://www.wisecart.ne.jp/kome3/7.1/cc0001/ 
こちらでもOKです。こっちだとサンプル映像も観られます。

 

 

なにしろ・・・ある面において、このDVDはH女史のお陰で完成を見た、とも言えるものです。

その後なんとなく女史とも疎遠になりまして、昨年だったか、そういえばいつだかに貸したDVDなどとともに「先日結婚しました」なんていう手紙が
送られて来ました。

新しい苗字は知りません。

完成したDVD、渡したいんですけどね。元気でいるんだろうか。

※全然関係ないですけど宮古島滞在中、私が毎朝H女史のホテルまで車で迎えに行ってたんですが、私のホテルがお湯どころか水も一切出ない&いろん
な種類のゴキブリが室内常駐してるようなロクデナシな宿だったのに対し、迎えに行ったH女子のそれが超豪華ホテルだったのでビックリしました。

どこのホテルにいるの?って問われて、返答できませんでした。笑ってゴマかしたね。情けない限りです。

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