阿川弘之の訃報に接して。

いつだかも書いたようにいわゆる「第三の新人」の方々は中~大学時代の私のいわばアイドルで、著者名にそこに属する方の名があれば無条件で買い漁り読み漁りしたものです。今でも我が本棚には「志賀直哉」から「きかんしゃ やえもん」に至るまで揃っております。

氏の著作には妙なところで影響を受けておりまして、「井上成美」の終章、一人暮らしの井上の部屋が加齢臭に満ちていた云々のくだりを読んで、オレはそうならないように今からちゃんとフロに入ろうと決心したり、私流ステーキの焼き方が「鮎の宿」にあるほんの2行ほどの「私的ビフテキレシピ」のくだりそのままだったり。
前者からはホントに老齢の侘しさが滲んでおりましたし、後者のステーキはホントに美味そうだったんですね。ああ、そういうところが「ブンガク」なのかもなぁ、と感心したりしたものです。

氏を「第三の新人」に入れることには是非もある由ですが、なにしろそのメンバーでご存命なのは三浦朱門ご夫妻だけになってしまいました(多分)。27年も経てばそりゃ昭和も遠くなるに決まってますが、いやぁホントに遠くなっちゃったなぁ、と改めて実感する次第です。

「街は生き物」という話。

この1か月で8本の映像編集と1編のPPT制作を行い、完成後は1週間ほど事実上泊まり込みでもって広義の生中継での撮影を担当しておりました。ということでほぼ1か月ぶりのFBログインですが、なにも変わって無くてこれはこれでビックリです。
でもって、下記はそんなFBと違って、エラく「変わった」お話しになります。
 
木更津の駅前某所での泊まり込みだったのですが、まず木更津駅周辺の寂れっぷりに大げさでなく驚愕しました。一応JRの基幹駅なはずの木更津駅ですが、
リッパな駅ビルがあるもののテナントは10%くらいしか入ってないし、駅前アーケード通りには殆ど開いてる店が有りません。いやホントにどこも開いてな
い。灯りのついてるのが銀行の無人出張所が1軒と、サラ金の無人コーナー1軒だけだった気がします。要するに絵にかいたようなゴーストタウンでしたマジ
で。
15年くらい前にもこの地での撮影案件がありまして、あの時も”なんかサビシげな町だなぁ”と思いましたが、このあたり、もはや歯止めのきかない衰退の流れ、なのでしょう。
 
ただ、駅前はそんな感じですが、木更津全体としては隣接する君津なんかと比すればまだマシな由。確かにこの地にはうすらデカいナンヤラアウトレットパーク
だかモールが出来て、そこは大いに賑わっておる由。また街道沿いには大型店舗が続々集結し、まぁそこそこ盛り上がってるとのことです。
当地のクライアント様に聞いた話なので、まぁそうなんでしょう。
要するに、街の「中心地」が移った、ということなんですね。
潰れっぱなしなわけじゃなく「移った」んであるなら無問題か、というとそんなことは無く、駅周辺に賑わいが無いってことは他地域との人口交流が乏しいってことに他なら無いわけで、やっぱしあまりよろしくない感じが有ります。
 
中心地の移動ってことですぐ思いつくのは、沖縄は北部の、名護、ですね。
オレが初めて訪沖した94年頃の観光ガイドブックには、名護=ピンプンガジュマルの木から連なる随一の賑やかな商店街が魅力的!なんてな記述があります
が、もはやこの辺りもかなりゴーストタウン化しておりまして、昨年夏に訪沖した折には、なにしろ人通りがまるっきり無かった。サンエー・名護十字路店に入
ればそこそこ人影があるのですが、まぁジィサンバァサンばかりで、94年ごろにひしめいていた層はどこ行っちゃったんだろう、と。
 

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