アルバムの件。

学校の「卒業アルバム」って何のためにあるのでしょうか。言われてみればオレの周辺で、小・中・高校の卒業後にアルバムや文集を改めてひもといた、なんて話を聞いたことがありません。オレも昨日だいたい30年ぶりくらいに中学のアルバムを開きました。
昔は卒業生全員の住所に電話番号が載ってたりしましたので、それをまとめてデータベース屋やブルセラショップに売っちゃうやつがいた由。でも昨今じゃそういう個人情報は載らなくなったと聞きます。こりゃいよいよもって納戸の肥やしでしかなくなってんじゃなかろうか、と。
 
昨今じゃみんなスマホやらチェキやらで学内でも日常的に写真撮りまくりで、それらは直ちに安価もしくは無料のストレージに保存されるか、都度ヨドバシやら55ステーションあたりでプリントアウトされて保存されるのが常だそうです。
オフィシャル?な卒業集合写真も間違いなく2L版とかで全員に配られる由。そうなると改めてのアルバムの必要性はもはやゼロなんじゃないかと思うのですが、その辺どうなんでしょうか。
 
個人的には、ある種の「〆(締め)」として有って良いんじゃないかとも思えるのですが、なんとなくそんなオレは少数派な気もします。

「練習の厳しさ」について。

高校時代の部活の話なのですが、こと「練習の厳しさ」ってことで言うと・・・例えば夏合宿、確かにこれはホントに朝から晩まで直射日光の中で走り回ってたわけで、相応にキツいものではありました。

しかし、当時よく言いあってたのは、硬式野球部の練習はこんなもんじゃないらしいよ、ということでした。甲子園を本気で狙えるレベルでしたのでむべなるかなではあります。練習内容のみならず、先輩後輩の上下関係もしかり。
そうか、じゃあオレらなんかまだマシなんだなぁ、ということで妙なコンセンサスが取れていたように思います。

で、後年になって、その硬式野球部だった方にお会いしたのですが(=先輩にあたります)、いわく

“いやぁ、PLとか池田なんかはこんなもんじゃ無いらしいよ”

とのこと。「甲子園を本気で狙えるレベル」と、「甲子園での優勝を本気で狙ってるレベル」で、単純に練習密度にはかなり差があるんだよ、と熱く語っておられました。
当時のPL、桑田・清原に、立浪なんかがいた時代ですね。池田高校には元巨人の水野とか。
・・・なにしろ、どんだけスゴい練習なんだろう、と思ったものです。

で、さらに後年、かつてのPLや池田高校に準じるレベルの高校野球部出身の方にお話しを伺う機会があったのですが、氏いわく、

“いやぁ、言っても高校の部活だからね。プロレスの道場なんかはこんなもんじゃ無いらしいよ”

とのこと。

さすがにプロの世界になるとハンパじゃないんだな、と思ったものです。
実際プロレスのトレーニングは非常にキツいものだそうで、ぶっちゃけ何人も死んでたりしますからね。

しかしながら、さらにさらに後年、某プロレス団体の取材をする機会が有りまして、選手の皆様にインタビューなどしたのですが、選手の皆さん口をそろえて“新人時代はキツかった・・・”と仰る中、ある陸上自衛隊出身の選手いわく、

“いやぁ、言ってもスポーツですからね。自衛隊のときの訓練に比べたらさほどでも無いですよ実際”

とのこと。

なにがいいたいかというと、自衛隊最強。

もうすぐ選挙だってことで。

10年ちょっと前、ある「国会議員」のセンセイを取材する機会があったのですが、取材後に秘書の方との雑談で聞いた話。
聞いたというか「聴いた」という感じで、こちらは専ら秘書女史の話を拝聴するばかりだったのですが、いわく、

・ウチのセンセイは、小学校入学時の「将来の夢」の時点で「総理大臣になる」と書いていた

・その後も同様の質問に対して「総理大臣になる」以外の答えをしたことがない

・受験も、就活も、友人も、恋愛も結婚も出産も、全て「総理大臣になる」ためにはどうすべきか、で決めてきている

・逆に「総理大臣になる」ために不要だと思ったことを切り捨てるのに一切躊躇が無い。

・とにかく、人生全てを「総理大臣になる」ことに捧げてきている

とのこと。
「総理大臣」になって何をどうするどうなる、とかってことは一切考えず、とにかく物心ついてから政治家になって「総理大臣になる」ことだけを考えて生きてきている、それ以外は一切考えない、という。
すげぇ話だなぁ、と思ったものですが、秘書女史いわく、

でも、政治家っていうのはそれくらい…ちょっと狂気を感じるくらいでなきゃ・・・

とのことでした。
この秘書女史はオレの人生で出会った女性の中でベスト3に入る美女でしたが、遠い目でひとりごちでおりましたよ。

その善悪や功罪はともかく、政治の世界っていうのはある意味で格闘技のそれに近しいんだなぁ、と思ったものです。これくらいでないとピラミッドの頂点にはたどり着けないものなのかもしれません。
このセンセイの場合は家柄もさほど良いわけでもなく、っていうか貧農の出で苦労されたという話だったりしたと思うので、なおさらそうなんでしょう。
肉食系・草食系とか言われますが、この世界は100%こういう肉食系な人たちでひしめき合っているんですねきっと。いやぁ、スゴい世界です。甘い世界では無い。

ところで当のこのセンセイ、取材後数年は順風満帆だったものの、後年なにやらコケてしまわれまして、現状ちょっと「総理大臣」どころか政治家であり続けることも難しいかな、という状況です。
っていうか、正直な話、とっくに引退したのかと思ってました。

ところが、こないだ今回の「立候補者」リストを見たら、普通に立っておられて驚きました。
満面の笑顔の写真があった。ずいぶん老けたなぁ、と。

メガネ。

ここ1、2年で視力がやたら減退しました。それも左目だけ。
さきほど視力測定してきたのですが、右目は0.7くらいで、左目については具体的数値は聞きそびれたものの、「右目より6段階ほど悪い」とのこと。なんだかよくわかりませんが、とにかく、あまりよろしくない状況だってことだけはわかります。。
※今ちょっと試してみたのですが、まっすぐ前に左手を伸ばすと、手首くらいのところがもうボケてしまいます。

ところで、この7月に免許の書き換えをしなきゃならんのですが、そこで思い出したことがあります。前回の書き換え時、視力のところで引っかかりまして、何度か試みた挙句に殆どオマケのような感じで通してもらったのです。
小声で、今回だけだかんね!的なことを言われた気がします。

あれから視力が回復したとも思えず、どころか前述のような状況ですので、恐らくこのままでは書き換えをパスできなかろう、ということで・・・先ほど「視力測定をした」と書きましたが、実は、一念発起してメガネを作りに行ってきたのでした。

生まれて初めてのメガネですので、やることなすこと初めて尽くしで、妙なアレですが、面白い経験をしてきたなぁ、という感じでします。
っていうかメガネって10万くらいすんのかと思ってたら、安くてビックリしました。今回は要するに免許書き換えさえクリアできればいいだけの用途ですので、とにかく安けりゃOK、という大前提だったのですが、6千円とちょっとってのは予想外でした。
しかも、店に行って、1時間後くらいにはもう渡してもらえちゃうのね。
そんなもんですか。

あとレンズがプラスチックで驚きました。レンズってガラスじゃ無いんですか、と聞いたら、メガネ屋のアンちゃんはちょっと笑ってた。これも、へぇ、そんなもんですか、と。

さらに、
“お客様は生まれて初めてのメガネでらっしゃるので、きっと最初は掛けると気持ち悪くなったりなどされると思います。そんなこんなでもし掛け心地が悪かったり、どうしても気持ち悪い感じが続くようでしたら、2回までは再測定&レンズ交換も無料ですので”
なんて言われました。
そんなものなの?マジで?という感じ。これも含めて総計6千円ちょっとってか。世のメガネ屋はそんなんでやっていけるんでしょうか。薄利多売も極まれりです。

有難いことにオレには今のところ老眼の波は押し寄せてきてませんので、免許書き換えの時に世話になるだけで済みそうな按配ですが(ってもちろん免許に「条件:眼鏡等」がついたら、運転時には掛けますよもちろん)、これも思うに時間の問題なんでしょう。

恐ろしいことです。

「将棋電王戦」雑感。

精鋭プロ棋士と「コンピューター将棋ソフト」が対戦する「将棋電王戦」。昨日「第4回電王戦」の第4局が行われましてプロ棋士・村山慈明七段が敗北、都合2勝2敗で第5局=最終局で雌雄が決せられる、というドラマチックな展開と相成りました。
第5局で阿久津主税八段が勝てば3勝2敗でプロ棋士側の勝ち越し、負ければCOM側の勝ち越し、となります。
 
以下はこの「電王戦」に関する雑感です。
 
数年前からあちこちで書いてるのですが、「人間」と「COM」が対局するに当たり、そもそも「人間」vs.「人間」の際のルールが適応されるというということに意味があるのだろうか、という疑問があります。非公式戦ですので特段に意味がなければならない理由も無いのですが。
コンピューターはあくまでもコンピューターであって、人間では無い。記憶や解析のシステム、引いては流れる時間そのものが人間のそれとは異質別質なものです。そういうものとの対局において、勝った負けたで一喜一憂することにどれほどの意味があるのか、と思うわけです。もうそういう段階でも無かろう、と。
 
っていうかですね、そもそも対人ルールで「コンピューター」と対戦して、人間が勝てるわけねーだろ!というのが私的な意見です。
そうでなきゃおかしい。またそうでなかったら、現状のコンピューター技術は少なくとも「将棋」の世界においてはまだまだ使い物にならないレベルだということになってしまう、と思うのです。
人力では取り扱えないほど重いものを運びたいからダンプだユンボだフォークリフトだ、と発明され、いちいち暗算やソロバン使ってる場合じゃないからってことで電卓が生まれ、我が業界に関することで言えば、コマごとにカッターで切ってスプライシングテープでつないで貼ったりしてたんじゃ速報性etcに対応できないからノンリニア編集システムが出来たりしてるわけで、それらには前提として「人間がやるより優秀である」必要がある(あった)わけです。人間がやるより効率的、高クオリティであることを求めて、人は「ツール」を使うわけですから。
 
「コンピューター将棋ソフト」も然りで、対人ルールだったら当たり前のようにCOMの方にに勝ってもらわなきゃいけません。
でなきゃ意味が無い。存在する意義がありません。
 
そういう意味で、第2回電王戦の第5局、将棋ソフト「GPS将棋」を東京大学にある600台超のPCを連結させた状態で稼働させ、当時A級バリバリだった三浦八段(当時)と対局させたあの1局、これが「コンピューター将棋ソフト」が人間にとって使い物になるレベルのツールであるかどうかの貴重且つ有意義な試金石だったわけですね。
果して「GPS将棋」は三浦先生に勝利し、ここに「コンピューター将棋ソフト」は人間にとって有益なツールである、ということの証明としての貴重な一歩が記されたわけです。
「対人ルールで「コンピューター」と対戦して、人間が勝てるわけねーだろ!」という、極めて当たり前な図式が公に成り立った瞬間であった、と。
同時にこのことは、人間vs.COMにおいて、「勝った負けたで一喜一憂する」ことが無意味になった瞬間でもあった、と思う次第です。
 
さらに同時に、「コンピューター将棋ソフト」、引いてはゲームプログラミング、また「人工知能」といった関連付け可能な分野において、このことは貴重な「スタートライン」だったのかもしれません。
もはや「勝った負けたで一喜一憂」してる場合ではありません。「人間」vs.「人間」の際のルールが適応される状況下で人間が負けるのは当たり前。そうでなきゃ困るのです。
あの1局を境に、私たちはそういうところから脱却し、次の人間とCOMとの共存共栄の為の一歩を踏み出すべき段階に入った、と言えるかと思います。
 
さて、この「将棋電王戦」には、恐らく多くは興業的な都合によって「人類vs.コンピューター」という極めて単純明快な対立構図が設定されています。
「vs.」という分かりやすい構図が無いと、なかなか広い層への訴求は難しいですからね。これは仕方の無い(!)ところでしょうか。
 
対人ルールを適用するとコンピューター将棋ソフトがほぼ勝つ、というのは、前述のGPS将棋で明示された事柄なわけですが、やはり前述の通りここをスタートラインとすると、必要なことは「継続」ということになるかと思います。
 
継続させるにはぶっちゃけた話「カネ」が要るわけで、「カネ」をかけなきゃ双方の発展も難しい・・・・・・ということで、単純な対立構図を保持したまま「コンピューター将棋ソフト」と人間の双方に有益な形で「継続」させるというのは非常に難しいことだと思うのですが、その辺り、この電王戦関連は非常にスピンオフ企画が面白いです。
既存の対人ルールから離れ、では持ち時間を図抜けて超時間にしてみたらどうなんだろうか、とか、人間と「コンピューター将棋ソフト」、純粋な棋力ではどのような優劣、差異が出るんだろうか、と、面白い&非常に有意義に思える企画が多く実現しています。
 
逆に言うと、既存の対人ルールでの単純な「人間vs.コンピューター将棋ソフト」という図式には、もはやポジティブな意味は無いと思えます。
そういう意味で・・・・・・開催中の第5回電王戦は「final」と銘打たれておりますが、賢明だな、と思う次第です。

浜の真砂が尽きても世間話のネタはつきない。

ご近所にある、お世話になってる神社さまがこの連休にお祭りですので、今日はチョイと早起きしまして、やはり近所の酒屋さんにおサケを買いに行きました。
まずそこで、酒屋のオッチャンオバチャンとしばし世間話。
 
おサケ購入後、そのまま神社さんにお納めに行きまして、そこでしばし宮司さんと世間話。
 
そのあと、先日納品した動画の使われっぷりを確認しにビッグサイトまで行ってきました。
そこで、クライアント諸氏及び代理店氏と、ここではちょっとだけ世間話。
 
で、帰社したときには既に夕方でした。
 
振り返るに、今日は一日世間話ばかりしてた気がします。浜の真砂が尽きても世間話のネタはつきないのです。
 
酒屋のオッチャンと、この辺りはゼロメートル地帯どころかマイナス3メートルだから、川の氾濫なんかあるとタイヘンなんだよな、なんて話をちょうどしてたところでした。その数時間後に記録的豪雨に遭うとは夢にも思わなんだ。
 
宮司さんは山形出身だそうなのですが、戦後山形の空港がGHQ?に接収され、その結果「青い三角の帽子をかぶった米兵」+日本人女性のカップルがそこかしこに溢れ、その後をついていくとガムやらチョコレートやらをもらえた、とのこと。
「ギブミーチョコレート」の話を実体験として聞く、という、貴重な体験をしたのでした。
 
今回納品した動画は、企業展示会における企業ブースのひとつで定時に行われるプレゼンテーション時に用いられるもので、オレが収めたのはBGM&SE付きの動画で、いわゆるプレゼンテーションNaはコンパニオンの方が現場で生でしゃべるのですが、クライアント氏から、このコンパニオン女史が去年と比べて上手いとかヘタとか、2編のプレゼンのうちどっちの集客がどうだとか、いろいろ伺いました。
代理店氏とは、企業展示会において代理店はどこからどこまでが仕事範疇かについて興味深いお話を伺いました。ちょっとだけ動画のダメ出しもされました。

ということで、一日中世間話に明け暮れた今日だったわけですが、特筆すべきは取り交わされた会話の中身の振り幅が広かった、ということですね。
 
ともすれば狭い狭い世界の中だけで完結できてしまう弊社の業界ですが、ゆめゆめそれで完結せず、幅広い視野を持たなければいけません。
ただでさえ、「ギョーカイ」なんていって、自分らの視野の狭さを露呈して憚らないヤカラの多い我が業界です。そういうイヤミで悪しき意味でのオタクに堕ちないように留意しなければいけません。なにより人として。

披露宴。

それにつけても先日の披露宴は素晴らしいものでした。形而的なことだけ書いてしまうと、首相経験者やら現役大臣やら芸能人やらといった出席者、その数ザッと600人(推定)。その「首相経験者やら現役大臣やら」の皆さんもオレの見た限り殆ど中座された方はおられなかったように思います。ご祝儀の金額に悩んだのがバカバカしくなりました。いくら包んだところでオレが最低金額であろうことに疑問の余地が無いからです。
 
なんでまたオレなどがそんな場所にいたかについては、先だってにちょっと触れたように守秘義務の問題があるのであえて書かないですが、新郎氏と非常に微細な知己にありまして、要するにその縁に拠るところです。とにかく、まぁ、なにしろそういう場所におりまして、3時間半に及ぶ披露宴を「堪能」した次第です。
 
新郎氏はザックリなくくりでいうと「二世」というスタンスであられるわけでして、上記したようなそうそうたる列席者の方々も、確かにお父上の縁であるところもあろうかとは思います。
ただ、お父上の逝去後もこうして集われ、中座もせずに最後までおられたということは、そういう縁という財産を余さず保っておられる新郎氏の実力、そしてそのための努力のあらわれかと思います。実際氏はもはやその道において「二世」の冠無くとも通用する立場であられます。
 
以前も書きましたが氏は非常に頭のキレる方で、いろんなところの会合等でお会いするのですが、その際のちょっとした挨拶会話でもオレなどは常に緊張を余儀なくされます。それは当意即妙な切り替えし、なんていう浅薄なものではなく、常にいきなり本質に切り込んでこられるのです。オレよりいくらか年少でらっしゃる氏ですが、見習わなくてはいけないな、と。
 
FB等によると氏はこの披露宴の翌日から精力的にあちこち廻られたりなどされてる由。ちょうど、デカ目の「仕事」について各紙で報ぜられてました。そりゃ忙しかろうて、と。知力と体力、これを両面備えることは重要なことですね。
ちなみにオレは宴の翌日はグウタラしておりました。午前中に左足の爪を切って、午後に右足のを切りました、以上。
 
とにかく、ご結婚おめでとうございます。末永くお幸せに。

モチについて。

モチ食いながらつらつら考えるに、どうやらスケジュールがエラいことになっているようです。こんなに有り難いことは無いので、ひとつひとつ誠実に、しっかりこなしていきたいと思います。

全く関係ありませんが、今年のモチは非常に美味い。って今年に限ったことじゃなかろうと思うのですが、いややっぱし今年のは美味い。そう思えます。思えちゃうんだから仕方が有りません。ああ、我が国日本は、米の国なんだなぁ!と改めて想いをかみしめつつ、醤油つけたりノリ巻いてる次第です。

これほどまでにモチを美味く食えるのには、その大きな要素に、昨年Amazonにて9800円で購入した石油スト―ブの存在があります。思うにモチというものは、オーブンレンジでチンしたり、ガスコンロで焼いたりするのは邪道です。本来は囲炉裏的なもので焼くのが本道なのかもしれませんが、囲炉裏のない我が家に置いては石油ストーブにくべるのが次善策かと思う次第です。

モチひとつで、ごはん茶碗一杯分のカロリーだかがある由。今日は打ち合わせより戻ったのがAM1時頃でしたが、ってことは帰宅以来オレは既に茶碗で5回「おかわり」をした勘定になります。深夜にこれだけイッキに食うとどうなるかというと、言うまでも無く満腹になります。ましてや今日は食事しつつの打ち合わせだったので、スタート時点で既におなかはイイ感じでした。

でも、とにかくモチは美味い。くどいようですが、ああ、我が国日本は、米の国なんだなぁ!と思う。

老いた。

高校の頃にはまだ回転ずしは一般的じゃ無かったような気がするので、たぶん大学生時代だったと思うのですが、当時オレは「回転ずし」に対してある種のこだわりを持っておりました。

即ち、何はさておいても、まずは16皿食べる。
でもって、16皿完食した時点での体調で、そのあとどれだけ食べるか決める、というものです。

言い換えると、要するに16皿食ってからがホントの食い始め・スタートだった、とという感じです。
ああ、もう16皿食ったか。じゃあカウント開始するか、みたいな

さらにさらに言うと、まず16皿食わないと空腹にさえならない、と言った方が適切かもしれません。16皿食って初めて一般的な空腹状態になる、という。
なんで16皿なのかは、なんか理由があった気がするのですが覚えてません。なんかしらんけど16皿がとにかく基準だった。

これは余談ですが、あの当時のオレは思うに食欲異常というやつで、これは高校時代ですが部活のあとなんかにグラウンドそばの菓子店でまず1.5リットルのコーラをイッキ飲み、その後みんなでラーメン+餃子+チャーハン食べて、解散したあと同じ帰り方向のヤツらと一緒に牛丼屋行ったりしてました。
なんかハラへらね?とか言って。

こういう傾向は大学時代もほぼ同様で、朝メシ食って家を出て、1限終わったらコンビニでオニギリ食って、昼メシは学食でカレー食って、その日の授業が終わったら向かいのゲーセンの隣のラーメン屋でなんか食って、帰りに池袋でファーストフード系を食って、帰宅してから夕メシ食う、という。これがほぼ毎日だったからね。

・・・・・・それはともかく、こないだ久方ぶりにスシロー行ったんです。
気の向くままに皿を取って、食って、ああ食ったなぁ、ハラいっぱいだ、となったところで皿の数を数えてみたら、16皿だった。

なにが言いたいかというと、オレは老いた、衰えた、もう昔のように食えないのだ、ということです。
昔だったらここからが本番だったのになぁ、と目前の16皿を見ながらさびしくひとりごちるのでありましたとさ。

雪。

都内は雪が降っております。久方ぶりの雪です。

思い出すに、オレが子供の頃は2年に一回くらいはこのレベルの雪が降ってたような気がします。下校時に雪の中で遊んだ記憶がありますが、その時誰と遊んで
たかを辿ると、中1、中3の時にこんな感じ・・・いやもしかしたらそれ以上の積雪があったように思います。人通りの少ない、貨物列車の線路沿い。オシッコ
で雪上に字を書いたりして。で、その上に友人を倒したりしてね。

そういえば、高校受験の日が今日みたいな雪だった気がする。エラい日にエラい雪だなぁ、とか思ってたっけ。前夜、ズボンのすそにセッセと防水スプレーなんかしたものです。

私的な印象としては、平成に入ったくらいからあんな「豪雪」(東京比)はほとんど無くなったように思います。それに比例してオレもあんまし雪・積
雪を喜べないようになりました。現に今も、ああ今晩は車出せないなぁ、それどころかヘタしたら2、3日キツいかもなぁ、スタッドレスにしときゃよかった
なぁ、などとばかり考えています。大人になるにつれて「雪」を喜べなくなる。でもってもはやそのことについてさえノスタルジーのカケラも感じなくなってる
オレがいます。

でも、今日なんかも、フッと一瞬、”ああ、早く雪だるま作らなきゃ”とか”まだ誰も通ってないからオレが一番乗りで足あとつけちゃおう!”とか考
えてしまったりします。ホンの一瞬だけですが、どうやらまだ滓のように稚気が残ってたりするらしいです。こういうのをナントカっていうんだよな、「モラト
リアム」だったっけか。まぁなんでもいいですが。

とにかく、さしあたって都内は「豪雪」です。外出の要のある方はお足もとに気を付けて。オレは事務所内で編集作業です。