富田靖子と「さびしんぼう」と今日の新年会。

今日の新年会、隣席の方は大林宣彦の尾道三部作に感化されて尾道にハマり、以来アラフィフになる今日まで年に3回、多い時で5回は当地に赴いているという方でした。
必然的に会話は尾道三部作に関してが中心になり、やれ「さびしんぼう」の百合子がヒロキに、自分はそんなキレイな人間じゃないから追っかけてくんな的なことを最後の最後に言い放つ場面の根底には日本神話におけるイザナギ・イザナミに通じる純日本的思想があるのだとか、「時をかける少女」で原田知世に白いブルマを穿かせるという発想は真正のロリコンでなければ出てこないとか、会場正面のカラオケで歌われている「東京五輪音頭」などをBGMに、そういう話題に花が咲くことと相成ったのでありました。

氏は「さびしんぼう」が大林の最高傑作だとおっしゃる。オレとしてはさほど大林作品に触れてるわけでは無いのでいわく言い難いものの概ね同意です。

で、オレとしてはこの時期の富田靖子の卑しい取り巻き連中にひとことありまして、「さびしんぼう」公開終了後、あれは恐らく1か月経ったか経たないかくらいの時期だと思うのですが、たまさか当時日本橋にあった東急デパートの屋上に行ったら、その富田靖子の「ミニコンサート」が催されてまして、“では今度の靖子チャンの新曲「スウィート」です!”とかいう感じで、フリフリ衣装の富田靖子がアイドル丸出しの歌をアイドル丸出しの衣装で歌ってまして、なんというか、「さびしんぼう」でもってまごうかたなき名演技を披露した彼女が、どうしてこういうアホな仕事をさせられなきゃならんのか、と、大袈裟でなく激怒したものです。
この日は日曜日で、翌日学校でも激怒して周囲にモンク言いまくった記憶があるので、もしかしたら同級生でこれを記憶してる方もおられるかもしれませんが、繰り返しになりますが「さびしんぼう」での彼女の仕事は珠玉のもので、当時有望な若手女優がカドカワ関係しかいないとか言われてる中、将来を嘱望されてしかるべき存在だったと思うのですが、にも拘らずその次の仕事が

シングル「スウィート」(c/w)「嫌いキラキラ愛してる」

って、それはないんじゃないか、と。

結局・・・あんまし詳しくは無いですが、富田靖子は「女優」としては「南京の基督」くらいしか着目すべき作品は無いんじゃないかと思う。
これはひとえに、当時の卑しい取り巻き連中どもに見る目が無かったが故の悲劇で、彼らの責任は重い、とオレは強く思う次第です。

今日の会話と、先だっての引越しの際に、このミニコンサート時に行われたジャンケン大会でインチキしてゲットした「YASUKO SWEET ハンドタオル」が出てきたので、思い出した次第です。

いろいろ。

長いこと「失われた名作」とされていた「忠次旅日記」のネガの一部が松竹の倉庫だかどっかの田舎の蔵だかで発見され、無事に修復も終えられていざ上映!と相成ったとき、その公開場であったフィルムセンターのパイプ椅子席には萬屋錦之介の姿があったそうですよ。

また、山下達郎大先生はほぼ習慣的に若手アーチストのライブに足を運ぶそうで。
狭くて小汚い小屋の一隅にちょっと場違いな、しかしどこかシャレオツな壮年夫婦がいる、という感じだそうです。

売れっ子スターであってもやはり観るべきものは観なければならず、して学ぶべきことは真摯に学ばねばならぬのであります。

そういうこととはほぼ関係無く、「忠次旅日記」に出演している伏見直江は江東区門前仲町の出身です。ちなみに小津安二郎はお隣の深川一丁目で生を受けておる由。

さらにまるっきり関係ないですが大杉栄と伊藤野枝は亀戸三丁目に居住していた時期があり、これは有名ですが浅沼稲次郎は区内の同潤会アパートに住んでおられた。.
ついでながら麻原彰晃はオウム神仙の会を興す前にやはり区内大島に住んでたそうで。

いずれも、生家跡に記念碑があるでもなく、江東区とのつながりに関する文献が豊富にあるわけでも無く、小津だけは清住通り沿いに申し訳程度な「ここらで小津が生まれたっぽいよ」ってだけな記載の看板がありますが、それっきりです。あとはなんもない。皆無。

麻原はともかく、そういうことでいいいんか。

指導者が大事である、ということ。

高校時代の部活の練習試合に招かれまして、馳せ参じました。
 
チームを見て驚いたのは、ちゃんとした指導者がいる、ということです。オレの在部時はなにからなにまで、良く言えばセルフオペレーティング、ぶっちゃけてしまえば完全自己流が当たり前でした。
どうやったら本塁から二塁にまで効果的に送球できるかとか、軸足をどう使うと打球が伸びるかなど、部員同士でアレコレ試行錯誤したものです。懐かしい思い出で、そういやこないだのOBOG総会でこの辺の話をしたのですが、また「そもそもオマエ以外はみんな出来てた」なんて言われるかと思ったら、モノスゴク共感されて逆にビビったものです。
 
初めて我が心中から表に出すのですが、部活を妙なタイミングで辞めたのは、実は肩が猛烈に痛かったからなのです。
日常生活を送る分にはなんともないのですが、いざボールを投げるとダメダメ、だいたい3球で、思わずその場にうずくまっちゃうくらいの激痛が走るのです。
いつだか当時使ってたグラブというかミットとボールが出てきたので、戯れにちょっと投げてみたことがあるのですが、やっぱし3球でダメでした。要するにオレはもう「ボールを投げる」ということが出来なくなっちゃったんだなぁ、と、些少ながら感傷に耽ったものです。
 
ところが、確か横浜ベイスターズのサイトだと思うのですが、ある日「工藤公康の野球教室」なるコンテンツを見つけましてね。
ページ閲覧者からのメールに工藤が答えるという趣向だったのですが、その中に、ウチのセガレが、ちょっとキャッチボーールするとすぐ肩が痛くなって・・・、なんてのがありまして、その工藤の答えが非常にシンプルなもので、

“いろんな要因が有りえますが、まずは正しくボールを握っているか見てあげて下さい”

と。
なんでちゃんと握らないと肩を痛めるのかも書いてあったのですが、ここでは割愛します。
 
なにが言いたいかというと、要するにオレはボールの握り方を間違えてたのですね。
で、また試みに、その返答に添えてあった「正しいボールの握り方」図の通りに握って投げてみたら、驚いたことに肩が痛くならないのです。ホントにウソみたいに痛くならない、どころか痛くなったりする前と同じ感覚で、球が伸びるのです。
大げさでなくオレは驚愕しましたね。
 
しかし、既に40歳過ぎてしまってましたので、今さら肩がOKになったところでなんの意味も無いのでした。
30年前にこのページがあればなぁ、と思ったですね。心から思った。
若しくは、誰かに正しい握り方を教わってればこんなことにならなかったんだよな、と。
まぁちょっとだけまた感傷に耽ったものです。
 
なにしろ指導者は必要です。このことは部活であろうが社会人であろうが変わりありません。指導されることに依存してはいけませんが、そうならないようにバランスを見極めることも指導者の重要な資質でしょう。なにしろ「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、 ほめてやらねば、人は動かじ」です。「見て覚えろ」オンリーなんてのは今日び流行りませんね。
 
こういうヤカラが我が業界には残念ながら多いのですが、大した能力も資質も無いヤローに限って新人イジメしたりするのです。でもって往々にしてそれが「美徳」とされたりもします。ロクに教えもせず、ただ陰湿に苛める、という。
そもそも映像制作を志すような人が体育会系オンリーの気質であるわけもないので、そういうノリでモノゴトが上手くいくはずも無いのですが、こういうのはやっぱしある種の「体育会系的な事柄に対するコンプレックス」なんだろうな、と今は思えます。
ワカモノというものは押並べて無能なものでありまして、またそれで当たり前なので、そりゃ時には至らない部分について怒ったりもしますが、教えて無い事が出来なかったりしても怒ったりはしませんね。オレは、というか弊社は。
 
90年代頭くらいがこの手のネガティブなベクトルの理不尽さを「美徳」扱いする傾向のピークだったそうなのですが、そういう非合理極まりないカリキュラムによって育った、というか生き残った面々が今テレビ番組なんか作ってるわけで、だから昨今のTV番組はどれもこれも面白くもなんともない、大味なものばかりなわけですね。適切的確な指導者に恵まれないとロクなニンゲンにならない、といういい見本ですね。
 
まぁそういうわかりきったことは置いといて、練習試合の見学の後、諸々の打ち合わせのために我が母校にお邪魔してきました。
在学時にはほぼ新築だった校舎がすっかりオンボロになってて驚愕しましたが、30年も経ってるのでそれもむべなるかな、です。
月日は百代の過客、若しくはぶっちゃけ「国破れて山河在り」かもしれません。

江東区についてもう時効だろうってことで書く。

ウチの妹も先年結婚して第一子をもうけましたが、江東区在住で新生児を育てるのは無理ゲー、ってのはもはやママ友連中の間では定説化してる由。妹も当たり前のように出産前に他区へ引っ越していきました。
マンションの積極誘致による急激な人口増で目先の実入りは増えたでしょうが、受入態勢の不備が悪評となり現在に至っています。ああ、江東区はそんな感じなので、という。
 
赤ん坊が生まれたはいいけど保育園は無し。のみならず小学校も、巨大マンション誘致してるのにも関わらず「積極的な統廃合の推進」ってことでドンドン間引きされてしまいました。
その年度での廃校が決まった小学校、その隣の空き地に高層マンションの建築計画が貼りだされてたのを見たときは、ああ、この区の行政には昭和イメージの「お役所仕事」が横溢しておるな、と思ったものです。部署間の横のつながりってのは無いんだな、と。
結局このマンションの子らは徒歩20分かけてよその小学校に通っておられるそうです。遠いなぁ、遠い、遠い。
 
ついでにいうとオレが昔、初めて「江東区議会議員選挙速報特別番組」(長い)を担当した際は、速報内容は選管から送るFAXを、無加工でそのままカメラで撮って流せ、キャスターや解説者の設定等はもってのほか、ナレーションやテロップの付加もまかりならん、と言われました。
なんでそんなことになっちゃったのかというと、テロップ誤字やキャスター・ナレーターのコメントミスの可能性を極限まで減らしたい、とのことですが、まぁ要するに「前例が無いから」ということです。他に合理的な理由が見当たらないってことと、次の選挙時には殆どなにも言われなかったですんでね。
 
当時FAXはロール感熱紙仕様で、送られてくるのはいいけど原稿がどうしても丸まっちゃうので、せめてコピーを撮らせて欲しい、コピーしたやつを撮影したい、と現場から要望しましたが、かなりあからさまに難色をしめされたりしましてね。
まぁこれはどうにか許可してもらいましたが、なにしろ言われた通り、送られてきたFAXをスタジオの壁に貼って、それをそのままカメラで撮って流しました。
 
かくして視聴者の皆さんは、選管からの開票結果FAX紙面を、著作権フリーのBGMとともに観る、という、稀有なスタイルの「選挙速報特番」をご堪能頂く次第と相成ったわけです。当り前ですが視聴者からは“いくらなんでもセコすぎる!”とのお声を頂きましたが、選択肢が無いんだものこっちには。
 
江東区にも良いところは多くあります。よっぽどの大雨でも、大横川、小名木川、荒川、隅田川の堤防は決壊しません。よそじゃこうはいかないでしょう。そこんところは我が区のいわゆる治水事業に感謝するところです。九州の大雨災害の報に触れて改めて思います。
ただ、要は、全てが全て「バッチリOK!」では無いってことです。
 
あと、ぶっちゃけた話、前述のように「江東区在住で新生児を育てるのは無理ゲー」ってのは想像以上に広く知れ渡ってるようで、そのことはさすがに区行政の方でも把握してると思います。
昭和イメージの「お役所仕事」と書きましたが、その特徴のひとつに、体面を気にする、という事柄があります。メンツにこだわる、といってもいいでしょう。
なので、さすがに本腰を入れて保育園やら学校やらの「改善」が進むんじゃないか、と思っています。
このタイミングで、リアルな数値としてそれを為せば、逆にセールスポイントにも成り得る、くらい考える為政者がいたって不思議じゃ無いですしね。
 
またそもそも上記したアレコレはもう20年も前のことなので、今はずいぶん改善されてることでしょう。
 

しごとについて。

先日は某保育園の「おたのしみ発表会」なる行事の収録でした。某代理店の営業マン氏の奥様に、娘さんのクラスの「卒園記念ビデオ」なるものの制作を頼まれたのがもう5年前か。この時の動画を園長先生に気に入って頂いて、以来毎年こちらの「発表会」を収録させて頂いております。
さらに昨年はこれが他の保育園の園長先生の目に留まるところとなり、他保育園の「発表会」も承ることになっております。有り難い話です。この手のDVDの相場がよくわからないので弊社制作分が高いんだか安いんだかもよくわからないのですが、なにしろ成果物に関しては喜んで頂いてるようで、とにもかくにも有り難い話なのです。
 
弊社は動画制作というジャンルにおいてはどっちかっていうと企業様のものに携わることが多く、またジャンルに捉われなければやれサイト制作、チラシ・ポスターetcの制作、スチル撮影、雑誌etcの取材や原稿書きなどなど無暗矢鱈にいろんなことを承っておるのですが、今回のような収録関係のものが最も緊張します、やり直し・撮り直しがきかないからです。なので、やり直しのきかない撮影が無事に終わったら、その反動?で編集にはかなり力を入れます。DVDを購入された保護者の方に、ウチの子があんまし写って無い!とか、ウチの子の寄りが少ない!なんて言われないように、ありとあらゆる手練手管を駆使して仕上げます。そうしないと怖いからです。保護者や先生の皆さんらに怒られるのが怖い、というのも無くは無いですが、なにより、被写体であるお子さんらの「記録」に汚点を残してしまうのが怖い。
ということで正直けっこうなレベルでの切迫した危機感を以てコトに当たっております。
 
聞くところによると、幼稚園だ保育園だ学校だっていうところでの収録・主にDVDソフトウェア制作は、ほぼそれ専門の業者さんがおられる由。こういうのを専門にやってる会社さんだってぇからさぞかしスゴいのを作ってるかというと必ずしもさにあらずで、「これが前の業者さんが作ったものなんですよ」なんつって過去分DVDを観せて頂くと、10秒くらいでトンでもないやっつけ仕事だってのが丸わかりだったりすることがしばしばあります。
 
こういうのはよろしくない。よろしくないねぇ。予算関係や時間的制限等で、どこかに妥協点が発生、若しくはそれを見出さなければならないのは必然というか宿命ではありますが、丸々やっつけ仕事でOK、ってわけじゃないよ。
だいたいこういう案件を「やっつけ」でやっちゃうようなヤカラに限って、なんだか妙にギョーカイ人ぶってたりなど、いけすかないヤローだったりします。ああイヤだイヤだ。そもそも弊社も含めてワレワレの仕事なんてのは江戸時代なら士農工商の範疇外だったわけで、とりあえずエラそうにしていいリクツなどどこにも無いはずです。ってまぁ殊更卑屈になる必要も無いですが、エラそうにしていいわけが有るはずも無いのです。
 
なにしろ昨日の収録はほぼ上手くいったので良かった。いや良かった。
 
オチはありません。

もうすぐ選挙だってことで。

10年ちょっと前、ある「国会議員」のセンセイを取材する機会があったのですが、取材後に秘書の方との雑談で聞いた話。
聞いたというか「聴いた」という感じで、こちらは専ら秘書女史の話を拝聴するばかりだったのですが、いわく、

・ウチのセンセイは、小学校入学時の「将来の夢」の時点で「総理大臣になる」と書いていた

・その後も同様の質問に対して「総理大臣になる」以外の答えをしたことがない

・受験も、就活も、友人も、恋愛も結婚も出産も、全て「総理大臣になる」ためにはどうすべきか、で決めてきている

・逆に「総理大臣になる」ために不要だと思ったことを切り捨てるのに一切躊躇が無い。

・とにかく、人生全てを「総理大臣になる」ことに捧げてきている

とのこと。
「総理大臣」になって何をどうするどうなる、とかってことは一切考えず、とにかく物心ついてから政治家になって「総理大臣になる」ことだけを考えて生きてきている、それ以外は一切考えない、という。
すげぇ話だなぁ、と思ったものですが、秘書女史いわく、

でも、政治家っていうのはそれくらい…ちょっと狂気を感じるくらいでなきゃ・・・

とのことでした。
この秘書女史はオレの人生で出会った女性の中でベスト3に入る美女でしたが、遠い目でひとりごちでおりましたよ。

その善悪や功罪はともかく、政治の世界っていうのはある意味で格闘技のそれに近しいんだなぁ、と思ったものです。これくらいでないとピラミッドの頂点にはたどり着けないものなのかもしれません。
このセンセイの場合は家柄もさほど良いわけでもなく、っていうか貧農の出で苦労されたという話だったりしたと思うので、なおさらそうなんでしょう。
肉食系・草食系とか言われますが、この世界は100%こういう肉食系な人たちでひしめき合っているんですねきっと。いやぁ、スゴい世界です。甘い世界では無い。

ところで当のこのセンセイ、取材後数年は順風満帆だったものの、後年なにやらコケてしまわれまして、現状ちょっと「総理大臣」どころか政治家であり続けることも難しいかな、という状況です。
っていうか、正直な話、とっくに引退したのかと思ってました。

ところが、こないだ今回の「立候補者」リストを見たら、普通に立っておられて驚きました。
満面の笑顔の写真があった。ずいぶん老けたなぁ、と。

酷暑の中、名古屋ロケしてきました。

以下、愛知は名古屋の雑感です。
名古屋はみんな車の運転が荒いから気を付けて、なんてことを言われてたのですが、実際行ってみると皆さん運転が非常に穏やかで拍子抜けでした。道に明るくないが故に割り込み等もしばしばやらかしたのですが、都度皆さん穏やかに、優しくそれを許してくれました。
そういや沖縄でも大阪でも愛媛でも同様なことを言われましたが、いずれにおいても運転の荒さに閉口するような体験はついぞしませんでした。これは思うに、要するに日本で一番運転が荒いのは東京だ、ってことなんじゃなかろうか。実際今回も、用賀から首都高に入っ他途端に、名古屋高速との運転マナーの差異を強烈に見せつけられました。
 
あと、これも事前に聞いてたのですが、名古屋にはやたら喫茶店が多く、でもってどこもモーニングやらがメッタクソに充実している、と。
確かに、コーヒー一杯400円で、サラダ+トースト+少々のオカズが「サービス」で付くんですね。東京だったら普通に総額800円くらいになると思うのですが、かの地では総額400円ポッキリ、ジャムをひとつ追加すると+30円とか細々オプションもある由ですが、400円で十全な朝メシにありつけちゃうというね。これで店としてやっていけるんだとしたら、東京のこの値段はなんなんだ、ということになるわけですが、かの地ではどこでもこの価格帯のようです。オカシな話です。
 
朝メシ問題としては、このトーストの「名物」のひとつに「小倉トースト」なるものがありまして、これは焼いた食パンの上に山盛りのアンコが乗ってくるんですね。朝っぱらからこういうものを食ってる名古屋人にはきっと胃腸の丈夫な人が多いんだろうと思う。
 
あと食い物でいうと「ういろ」というものがありまして、これは以前大阪で、こんなものを食ってるヤツはおらん、お茶請などでしばしば目にするがこれはひとつが永続的に世の中に廻ってるだけにすぎない、そもそもこんなものを有り難がって食ってる名古屋人は○○○がオカシい、などとよく聞いたのですが、なんのなんの食ってみたら存外美味いのです。○○○がオカシいのは他ならぬ大阪人の方だったのだ!とオレは確信した次第です。
 
現地入りするまで、名古屋ではみんな「ぎゃーも」とか「みゃー」とか言ってて何しゃべってるかわかんないんじゃないか、とか、コンビニとか無いんじゃないか、とか、ちゃんと道路は舗装されてるんだろうか、などと心配していたのですが、結論から言うといずれも杞憂で、なにしろ非常に良い街でありました。私的ベスト3に入るね。

母校。

先日というか一昨日、我が母校(高校)の部活の先輩との打ち合わせ兼飲み会がありました。OBとして我が出身部、ひいては母校そのものを如何にして盛り上げるか、という趣旨で、そのための方策について文字通り膝を突き合わせての会合と相成りました。ホントはそもそもオレ自身「OB」を名乗れるような立場では無いのですが、なんだかなし崩しに誘って頂いて、図々しくも参加している次第です。
 
歴史と伝統の裏打ちのある我が母校ですが、告白しますとどこかのタイミングでそういった伝統が切られて現在に至っている、という印象が常々ありました。なんやかやで、いろんなところが昔と違っている、それは形而的な事柄のみならず、本質的なところで・・・と。
一昨日は先輩方とそんな話もしまして、その末に出た結論というのは、やはり「共学化」がデカかったんじゃないか、との由でした。共学化によって我が母校は、それまで続いてきたナニゴトかを切り捨てざるを得ない、という状況に陥った感じがあるようです。バンカラなばかりでは女子受験者が引いちゃうんじゃないか、とかね。さながら文化大革命後の中国の如し、です。歴史は有っても、それはそれ、という。
変わるためには、場合によっては切り捨てなきゃならないものもあるんですね。でも、それは世の常というものです。
 
でもまぁ切り捨てるものもあれば、代替として得たものもきっとあるんだと思う。某先輩は、運動部の試合などの応援にチアガールが出張ってるのがどうにも生理的にダメダメな雰囲気でしたが、彼女らだって往時の応援団の面々と同じくらいガンバってるんでしょうから、そういうことは言いっこなしですよ、と。
我が出身部にも最近「女子マネ」がいるらしいのですが、スコアブックつけたり用具や部費の管理なんかは、ガサツなヤローなどより、ちゃんとした女の子がやった方が良いに決まってます。自明です

共学になってからもうずいぶん経ちますので、共学としての伝統だってそろそろイイ感じに熟してきている頃かと思います。そんな中に男子校だった往時のアレコレに拘っても詮無いのかもしれません。新生の母校に期待するところです。
 
ところで諸々の資料作成のために我が母校のサイトなどつらつら眺めておりましたら、「放送同好会」なんてのがあるんですね。
その説明には

「放送は「声、音、映像」を用いた自己表現の場所です。自分の声をいかしてナレーション活動をするもの、BGM作りや、状況にあったカメラ撮影をするものと様々です。」

とありました。
スバラしいねぇ。BGM作りってなんだろうガレージバンドかな、とか、カメラは何を使ってんのかな、などなど、興味津々です。メディアで「自己表現」なんていうのは高慢でしかないのですが、そういう紋切型の部分にイチャモン付けるのは無粋というものです。
 
ということで、近々に上記の先輩方と母校にお邪魔することになりましたので、ついでにこの放送同好会のお話も伺ってみようと思います。

全くもって他人事ではないのです。

正社員を雇うと、その社員に払う給料以外にン十万ほど余計にかかるんですよね。物理的に出ていく保険やなんか以外に、教育費だとか、まぁいろいろ。

終身雇用制が生きてる頃は、一人前になったらその分も会社を背負って頑張っておくれ、ってことで、それらはいわば教育投資としてアリの出費だったわけですが、瓦解しちゃったあとはそういう発想も出来にくくなってしまった。

で、企業としては自衛として、より薄給でコキ使え、余分な「ン十万円」も必要ない臨時雇いとしてのバイトにその分の人材補填する流れが出来たわけ
ですが、それをさらに進めた形として、もしかしてそういうバイトメインでルーチン廻すシステム構築したらいちばんおトクなんじゃね?ってことで、コンビニ
だとか宅配ピザだとかっていう業種は成長してきたわけですね。

スタッフ・社員の成長とかどうでもよくて、とにかくその時々に安くコキ使えるやつを縷々採用して会社を廻そう、ってわけですね。行きつけの喫茶店
チェーンなんか、スタッフの9割方がバイトで、あろうことかそんなバイトに「バイトリーダー」とか言って管理職的役割も強いたりさえしてますからね。

その目論みは、企業単位で見るとまぁ大体にして成功し、かくして我々は12個98円の餃子だとか、200g88円のミートソースなんてものに有り
つけたりすることが可能になったわけです。上述の喫茶店も、本来管理職社員がするべきことまでバイトに強いたりしてるからこそ、あの値段であのレベルの
コーヒーが出せるわけですね。

ただ社会的に見ると、人件費の削減で安価な製品の供給が可能になった反動で、なんだか想像を超えたデフレなども生み出しちゃったりして、こりゃ
少々マズいんじゃないか、みたいなレベルにまで来てしまったわけですが、臨時雇いを廻すこと前提でここまで成長してきた各企業は、だからといって今さら引
き返すわけにもいかず、さてどうしたもんか、と。

そしたら、その「薄給で便利にコキ使える」だけの存在だったはずの面々が、あろうことか反逆的行為に出たわけですね。

ちゃんとした正社員として、ン十万円の投資も厭わず教育etcを施すことを避けた結果、手痛いシッペ返しを受けてしまった、みたいな形ですね。

考えてみりゃ、無責任な立場の臨時雇いでもって社業そのものを廻し続けよう、なんてムシのいい話がいつまでも通用するわけ無いんですよね。今まで
廻せてたってだけでスゴいことですよ。バイトはどこまで行ってもバイトです。冷蔵庫に入ったり食材をオモチャにされたくなかったら、ちゃんとした投資を元
にした正社員にやらせなさいよ、その代りそういう人は時給800円とかじゃ動きませんよ、という。

「シッペ返し」というものは常に予想もしないところから来るものです。ピザ屋もコンビニもステーキ屋も、「薄給で便利にコキ使える臨時雇い」の
面々の、安かろう悪かろうっぷりを思い知ったことでしょう。これを機に、安易にバイトに頼らず、ン十万円の出費を厭わず、正社員としての雇用促進に尽力し
て頂きたいものです。

とか言いつつ、実はオレ及び弊社自身が、こういった安直さの極北だったりするわけです。雇う側としても、雇われる側としても、身に覚えが有ります。有り過ぎる。

かくして、この手の「話題」が出るたび、オレとしてはまるっきり他人事じゃないので、なんとも言えない気分になるのです。

大阪というか関西ネタ。

関西ネタです。
去年は2度ほど大阪というか関西に行きました。
告白すると大阪というか関西では、現地カメラマンと喧嘩したりホテルを断られたりなどロクな目にあってなかったのですが、昨年はほぼ良い思いしかしませんでした。なので認識を改めまして、今では「好きな街」のベスト5に入る勢いです。大阪というか関西はイイなぁ。もういっかい行きたいなぁ、なんて。

こないだ某GCMでも喋りましたが、殊更通天閣の周辺がイイ感じです。

そういえば大昔に某有名演歌歌手のPVの撮影でこのあたりに行ったのですが、先んじてロケハンした場所が軒並みマネージャー氏etcに却下されたりしたものです。
良かれと思って早めに現場入りして、それっぽい場所をリストアップして廻ったのですが、
“こんなところで撮影なんて、ウチのタレントをなんだと思ってるの?”
“まぁ東京の人にはわからないよね”
なんて言われて。

どんだけ危険な地域なんだよ!とか思ったのですが、昨年行ったときはさしてそんな感じもしませんでした、むしろ非常に魅力的というか、刺激的な街でした。オレん家の近所の方がよっぽど危険な雰囲気ですよハッキリ言って。
その数年後、天王寺の駅そばに宿を取ってロケetcしたこともありましたが、あのあたりの方がよっぽどイヤな感じだったな。

そういや某制作会社のカメラマン氏が西明石とかいう街の出身だそうなんですが、
“ああ、いいところですよ、安藤さん向きなんじゃないスかね”
なんて言われたことがあった。どういう意味かは不明。
でも西明石駅前の商店街は、目をつぶって通りにポンと置かれたら、江東区・墨田区の商店街と見分けがつかないね。ほぼ同じ雰囲気

ところでこの通天閣のあたりは、なんか「串カツ」なるものが名物なようで、前回は試みに入ってみました。名物に美味いもの無しといいますが、なんのなんの、非常に美味かったです。
でも、この手の名物にありがちな、値段の高さ、ね。これがネックだなぁ、と。
こういう街にこの値段はそぐわない=思うに環境客向け価格設定なんだろうな、と思う。そこいくと沖縄だと、どこで食ってもゴーヤーちゃんぷるーはたいてい安価です。ときどき妙な値段のとこもあるようですが。

昨年の関西ロケは尼崎なるところに宿を取っての、神戸の某工場での撮影だったのですが、あのあたりは建物も道路も非常にキレイに整備されてて、清潔感たっぷりなんですね。
現地のクライアント様にそんな話をしましたら、”ええ・・・地震でね、いったんなんにもなくなっちゃいましたからね・・・”と。
考えてみると東京在住者であるオレとしては、先だっての東日本大震災より、阪神大震災にあまり実感がありません。でも、かつて間違いなくドエライことがこのあたりで起こったんだよな、と改めて思った。