「おはぐろどぶ」

東京・江戸川区の旧中川で15日夕方、へその緒がついた男児の遺体が浮いているのが見つかった。外傷はなく、死後5日から1週間がたっているという。身元
がわかるものなどは発見されなかった。警視庁は死体遺棄事件として捜査している。

・・・だそうです。

弊社の旧事務所は都内・墨田区東向島というところにありました。

この界隈には・・・事務所のあったところは微妙に外れてたのですが、なにしろ程近くに「玉の井」といういわゆる私娼街がありました。永井荷風『濹
東綺譚』だとか、滝田ゆうの作品にもよくその名が出てきます。

最近まで私も知らなかったのですが、玉の井にはかつて「お歯黒どぶ」という堀があったそうです。

要するに下水溝ですが、ものの本に「水面はまるで、お歯黒の液を流したように黒く濁っていた」という記述があります。それゆえ「お歯黒どぶ」。
真っ黒で、メタンガスのアブクが常にブクブク沸きあがる、なにしろどうしょうもなく不衛生な堀だった、と。黒澤明「酔ひどれ天使」に似たような池?沼?が
出てきますが、あんな感じだったんでしょうきっと。

・・・要するに、高度成長期に至る以前の我が国を象徴しているような「どぶ」だったわけです。

この「お歯黒どぶ」には、なにしろそんな「どぶ」なので、なんでもかんでも廃棄され放題。犬や猫の死骸のほか、しばしば嬰児の死体なども流れてき
たりしたそうです。

政府に公認されない(されてたところもさして違いは無かったんでしょうが)「私娼街」の最寄ということで、意に反して妊娠・出産した玉の井の女性
が、処置に困り果ててここに流してしまう、ということです。

痛ましい話です。どういうわけで玉の井に流れ着いたのか、その理由は様々でしょうが、いずれにしても「苦界に身を落とす」ということが悲惨で無いわけがありません。


やがて我が国は高度成長を向かえ、「お歯黒どぶ」も姿を消しました。弊社はこの界隈で2年ほど事務所を構えてましたが、そんな「どぶ」の話など聞
いたことも無かった。それくらいこの「どぶ」、引いてはこの時代そのものが、もはやすっかり「歴史上の出来事」になっていた、というわけです。

路地を入ると、まだ往時を偲ばせる建物やら看板などが残ってたりしますが、こういうのはもはや過去の遺物、今・・・この平成22年に現役として生
きているものではありません。

さらに昨今じゃ、なんだか近所に「スカイツリー」なるものが建つってんで、この界隈もドンドン様変わりしてきています。

弊社事務所があった頃比べても、大げさでなく日に日にキレイに、近代的になってきてます。

しかし、街がドンドン近代的に、先進的になっていっても、相変わらず川にまだへその緒のついてるような子どもを流す女性がいる。

・・・「玉の井」の時代、我が国は貧しかったわけです。

平成22年現在、やれデフレだ不景気だと喧しいですが、それでも昭和20~30年代よりは確実に豊かなはずです。いくらなんでもあの当時ほど貧し
くは無いはず。

にも関わらず、こういう事件が起こってしまうというのは、どういうことなんでしょうか。

「妊娠・出産した女性が、処置に困り果てて子どもを流してしまう」・・・こういうような状況から脱却するために、我が国は「高度成長」を目指した
はずなんですけどね。

やんぬるかな、ですね。どこに向かって走ってるんでしょうか。

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